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お知らせNews

2022.11.03 声明・意見

共同提案「民法等の一部を改正する法律案による、国籍法3条3項の新設に反対する意見書」

弁護士有志他より出された、以下「民法等の一部を改正する法律案による、国籍法3条3項の新設に反対する意見書」について、移住連も共同提案団体に加わりました。




民法等の一部を改正する法律案による、国籍法3条3項の新設に反対する意見書


2022年10月27日


民法等の一部を改正する法律による、 国籍法3条3項の新設に反対する弁護士有志1


(共同提案団体等・五十音順・10 月31日現在)
外国人人権法連絡会
社会福祉法人 日本国際社会事業団
全国難民弁護団連絡会議

特定非営利活動法人 移住者と連帯する全国ネットワーク
特定非営利活動法人 JFCネットワーク
無国籍研究会

 

第1 はじめに

1 私達は、「民法等の一部を改正する法律」案第3条が定める、国籍法の一部改正 に反対します。

2 国籍法第3条に第3項を加えるべきではありません。

 (国籍法の一部改正)

 第3条 国籍法(昭和25年法律第147号)の一部を次のように改正する。

         第3条に次の1項を加える。
         3 前2項の規定は、認知について反対の事実があるときは、適用しない。 

        


 





第2 意見の概要

1 民法等の一部を改正する法律案(以下「改正法案」といいます。)は、民法786条を改正し、認知が事実に反する場合に認知無効の訴えを提起することができる者や出訴期間について制限する条項を設けています。

この条項は、認知によって親子関係が一旦成立した場合には、その後に認知が否定されることを制限します。すなわち、子の身分関係を早期に安定させ、「子の権利利 益を保護」しようとするものです。

2 ところが、改正法案には国籍法の改正も含まれており、そこでは国籍法3条3項の 新設が予定されています。

この国籍法3条3項は、認知が事実に反する場合は国籍法3条による国籍取得を一律に認めない、とするものです。つまり、国籍法3条の手続に限っては民法786条改正案の仕組みを適用せず、認知が事実に反する場合は、認知後にたとえどんなに長期間が経過していようとも、①国籍法3条による国籍取得を認めず、また、②国籍法3条により既に取得した日本国籍をその取得時に遡って喪失させる、という政府(法務省)による現在の国籍実務の取扱いをあらためて明文化・固定化するものである、 と理解することができます。

3 国籍法3条3項を新設すると、以下のとおり、子の身分関係を早期に安定化するこ とができなくなり、「子の権利利益を保護」することができません。さらに、諸手続に不統一と混乱をもたらす原因となりかねないことが懸念されます。

(1) まず、子は、何歳になっても、一度取得した日本国籍を遡って「喪失」させられてしまう可能性があります。そうなると、さらにドミノ倒しのように、その子や孫、曾孫たちまでが日本国籍を「喪失」する可能性すらあります。また、一度得た日本国籍 を「喪失」した結果、無国籍になってしまう可能性もあります。

そもそも、仮に認知について反対の事実があったとしても、子には、何の責任もありません。子は、自らが責任を負うことも回避することもできない事実によって、日本国籍の喪失という重大な不利益を受けることになってしまいます。

(2) また、同じ外国国籍の母と日本国籍の父との間で生まれた子でも、嫡出子(婚内子) の場合には嫡出否認手続の期間制限等によって日本国籍の事後的な「喪失」に一定の 歯止めがかかるのに対し、非嫡出子(婚外子)は何歳になっても日本国籍を「喪失」 しかねない状況に置かれ続けるという大きな差異が生まれます。これは、結果として外国籍の非嫡出子(婚外子)に対する差別を固定化することにつながります。

(3) くわえて、認知から7年間が経過する等した場合に、民法上の親子関係についてはもはや否定されなくなって安定化するのに対して、認知に基づいて取得する日本国籍だけが何年、何十年経っても覆される可能性があるという不安定な状態に置かれ続けることになり、大きな不統一が発生します。その結果、「日本国民の子」か否かが問 題となる諸手続(国籍法8条1号、入管法別表第2の「日本人の配偶者等」の下欄、入管法50条等)との関係でも、この不統一が様々な実務上の混乱を巻き起こすことが懸念されます。

4 このように、国籍法3条3項を新設することは、子の身分の安定化の大きな妨げとなって、「子の権利利益を保護する」という改正法案の立法理由に反するばかりでなく、諸手続に不統一と混乱をもたらす原因となりかねないことから、国籍法3条3項を新設するべきではありません。

第3 意見の理由
1 改正法案の内容
(1) 改正法案では、民法786条を改正し、認知に反対事実がある場合の手続を認知無効の訴えによるものとした上で、認知無効の訴えを提起できる出訴権者(子、子の法定代理人、認知をした者、子の母)と出訴期間(原則7年間)を、ともに限定することとしています。出訴権者以外の者が認知無効を主張することや、出訴期間経過後に認知無効を主張することを、許さなくするものです。

現行法では、利害関係があれば誰でもいつまでも認知無効が主張できるため、子の身分関係がいつまでも安定しないことや、嫡出否認の訴えでは出訴権者や出訴期間に厳格な制限が設けられていることとのバランスを欠いていることを改め、認知された子の身分関係の早期安定を図ることが、改正法案の趣旨です。

(2) ところが、改正法案では、国籍法についても同時に改正し、国籍法3条に、3項(「前2項の規定は、認知について反対の事実があるときは、適用しない。」)を新設することとしています。

国籍法3条3項が新設されると、国籍法3条による手続(国籍取得届)がなされても、認知について反対事実が判明したときは、民法786条の認知無効の訴え制限の 仕組みは適用されず、法務大臣は認知が事実に反することを理由として国籍取得届を 不受理とすることになるものと考えられます。また、国籍法3条により一旦、日本国 籍を取得した後でも、認知が事実に反することが判明したときには、認知成立後の期間の長さや国籍取得後の期間の長さ、さらには年齢に関わりなく、日本国籍を遡って 「喪失」させる(具体的には、戸籍法24条2項に基づいて職権で子の戸籍を消除する)ことが想定されます。

(3) なお、新設が予定されている国籍法3条3項は、認知に反対の事実があるときの国 籍取得を否定するものであり、認知自体まで無効にするのか否かは条文に書かれていません。仮に認知まで無効とするならば、この身分の早期安定を図る改正法案の民法 786条の趣旨を否定することになることから、いずれにしてもこれを認めるべきではありません。

2 認知無効によって日本国籍を「喪失」した子の実例

政府(法務省)による現在の国籍・戸籍行政実務では、日本国籍の父から認知され、 国籍法3条により日本国籍を取得した子について、その後になって認知無効の訴えが提起され、認知無効判決が確定したときは、国籍取得届の受理が遡って撤回され、日本国籍は当初から無かったものとして取り扱われています。以下は、このような取扱いによって日本国籍を「喪失」した子の実例です。

   

(1) 子Aは、1989年にフィリピン国籍の母Bの非嫡出子として出生しました。母Bは子Aを出産後、再び日本に働きに行き、日本滞在中の1993年に日本国籍の男性Cと婚姻しました。

その後、母Bは子Aに、男性Cが子Aの父親であると告げ、2003年に男性Cは子Aを認知 し、国籍法3条(2008年改正前)に基づく子Aの国籍取得の手続を行いました。子Aは同年 中に日本国籍を取得し、翌2004年に母Bと男性Cの夫婦に呼び寄せられて来日しました。

子Aは、母Bと男性Cが結婚していること、母Bから男性Cが父親であると伝えられたこと、 以前にも男性Cが母Bとともにフィリピンを訪れたことがあること等から、男性Cが自分の父親であると信じて疑いませんでした。

(2) その後子Aは、2013年2月からフィリピン国籍の女性と同棲を始め、同年12月に子をもうけました。

(3) ところが、母Bと男性Cは、2015年8月に離婚し、男性Cは、子Aに対する認知無効の裁判 を提起しました。その審理の過程で、男性Cは子Aの出生後に母Bと知り合い、子Aの父ではないが、母Bから子Aの認知と国籍取得を依頼されて応じた、との事実が明らかとなりました。裁判では2017年に認知無効の判決が確定し、子Aと男性Cの親子関係が否定されました。同時に、子Aの日本国籍も届出時に遡って「喪失」し、子Aの戸籍は消除され、男性Cの戸籍の子Aの認知に関する事項も消除されました。

(4) さらに、子Aは日本国籍がないのに有効でない日本旅券を所持して日本に上陸した不法 入国者として退去強制手続に付されました。入管は子Aに対し、真実の父が日本国籍者であるならばその者の認知を得ること以外に在留特別許可が認められる可能性はない、と伝えました。子Aは母Bに真実の父が誰であるかを問い詰め、ようやく判明した日本国籍の男性Eに対し、2020年に認知の裁判を提起しました。およそ2年かかって、2022年に認知を認める裁判が確定し、その後同年8月に在留特別許可が認められ、子Aはようやく「日本人の配 偶者等」の在留資格を得て、適法に日本で生活することができるようになりました。

(5) 日本国民として来日し、日本に生活の本拠を築いていた子Aは、10年以上経ってから、本人が全くあずかり知らない事情によって日本国籍を失ったばかりか、2018年からおよそ4年の間、非正規在留外国人として退去強制手続の対象とされ、国外退去の危険に晒されてきました。就労も禁じられたために、自分の生計を自ら維持することができず、他人からの援助によって辛うじて生活していました。また、健康保険に加入することもできないため、病気になっても病院で治療を受けることができませんでした。何よりも、子Aは、これからも日本で生活していくことができるかわからないために、自分の人生を計画することが全くできない、という 不安を抱えていました。

    

このケースは、決して例外的な事案ではありません。むしろ、認知無効により日本国籍を「喪失」する子の典型的な事例です。子Aは偽装認知についても虚偽の国籍取得届についても、何も関与していません。子Aは男性Cが父親であることに疑いを持たず、男性Cから自分の子と認められ、日本国籍を与えてもらい、父と母のいる日本での生活を得ました。しかし、子Aが何ら関与しておらず、その事実すら知らなかった認知無効によって、子Aはその身分も生活も全て覆されてしまい、法律違反を犯した者として退去強制手続の対象とされてしまったのです。

これが、国籍法3条によって日本国籍を取得した子が、その後に認知が無効であるとされて日本国籍を「喪失」した場合の現実です。

3 国籍法3条3項がもたらす深刻な問題1~「認知が否定された子」の人権無視

(1) 改正法案が新設する国籍法3条3項は、上記のような現在の取扱いをそのまま明文化して維持・固定化することを意図したものです。

けれども、その子が日本に相当期間在住しているときに、子の国籍を遡って「喪失」 させることは、その生活基盤を全て覆し、日本での生活の継続すら危うくするものです。このような取扱いは、子の福祉を全く無視したものであって、改正法案の提案理 由として書かれている「子の権利利益を保護する観点」に正面から反し、子の人権を著しく侵害するものであることは、明らかです。

子は、日本国籍を遡って「喪失」することによって、日本で国籍取得届を出した時点等に遡って、在留資格を有しない非正規滞在外国人(「不法滞在者」)として扱われることになります。その結果、その子は健康保険から除外されて適切な医療を受け られなくなります。また、学校への通学が事実上困難となることもあります。就労可能な年齢に達しても働くことすら許されず、自分で自分の生活を維持するという、生 きる上で最低限のこともできず、将来に向けて人生を設計することなど全く期待できません。その子は、生まれ育った日本から母の本国(場合によっては、一度も行ったことがない国)への強制送還におびえながら暮らすことを強いられます。これは、まさに子の人生を否定するものであって、子に対する極めて重大な人権侵害です。
(2) 認知に反対事実があることによって子が一旦、取得した日本国籍をその取得時まで 遡って「喪失」することについて、改正法案の策定に携わった法制審議会民法(親子 法制)部会第19回会議(2021(令和3)年9月7日開催)で提示された部会資料19(以下「部会資料19」といいます。)の49頁は、「子の身分関係について、 国籍取得との関係では、...日本人の子が国籍離脱した場合等と類似した状況として、 私法上の認知に関わる権利義務関係は効力が維持された上で、国籍は当初から取得していなかったものと扱われることとなる。かかる取扱いをもって子の身分関係が不当に不安定になると言うことはできないとも考えられ」る、としています。しかし、こ

れは実情を正しく認識していない見解です。
(3) 国籍離脱は、本来は子が自ら選択して行うものであって、これからどこの国に帰属
し、どこの国で生活するか、自分で主体的に選択し決定した人生設計のもとで、国籍離脱をするかどうかを自由に決めることができるはずのものです。しかも、本人が日本に滞在中に日本国籍を離脱する選択をするならば、引き続き日本に滞在するのか、 それとも外国に行くのかも当然考えた上での決断となるでしょうし、日本国籍を離脱 しつつ、引き続き日本に滞在するならば、当然そのための在留資格の手当てをすることになるでしょう(在留資格が得られる見込みがなければ、そもそも国籍離脱はしない選択をするはずです。)。

これに対して、認知が事実に反することによる日本国籍の「喪失」は、本人の選択ではありません。本人の意思とは無関係に、強制的に日本国籍を奪われ、日本社会から排除されるのです。

また、認知が事実に反することによる国籍喪失と国籍離脱を「類似の状況」とする 部会資料19は、子に「日本国籍以外の別の国籍が残っている」ことを前提としています(なお、国籍法13条も、本人が外国国籍を保有していることを国籍離脱の条件 としています。)。けれども、認知が事実に反することを理由とする日本国籍の「喪失」は、子が、日本国籍以外の別の国籍を持っていない(もともとほかの国籍を持っていない場合と、日本国籍を取得したことによって元の国籍を失っている場合とがあ ります。)場合でも実行され、その結果、子が無国籍になってしまう可能性があります。この点でも、部会資料19は極めて重要なポイントを見落としているというほか ありません。

(4) 国籍法3条によって日本国籍を取得する子どもは、偽装認知をした当事者ではありません。偽装認知であった場合でも、偽装をされた側の立場にあります。先に紹介し た事例でもわかるように、ほぼ全ての事案において、子は偽装認知に積極的に関与しておらず、認知した日本国籍の男性が実の父ではないことも知りません。ですので、 本来、子は偽装認知について何ら法的な責任を負うべき立場にありません。

それにもかかわらず、認知が事実に反することによる国籍喪失によって最も不利益を被るのは子です。子がこのような過大な不利益を受けることを正当化できる事情は見出せません。

(5) それに加えて、事実に反する認知の中には、父子間の血縁がないことを父や母が知らない事案も多数存在することを、私たちは経験上知っています。父はその子が真実自身の子であると信じており、また母もそのように認識している、ということです。 このような事案では、親子の情愛は真実血の繋がりのある家族と何ら変わるところがありません。 また、父子間の血縁がないことを父母が知っている事案であっても、例えば父が母と結婚するに際して母の連れ子も自分の家族として包摂するために認知する、という 事案も数多くあります。先に紹介したケースもこのような事案の一例です。これらの事案は、「日本国籍を取得するための偽装認知」という、強度の非難に値するような前提事実があるとは評価できない事案です。

(6) 以上から、改正法案による国籍法3条3項の新設は、このような子に対する人権侵害が横行する実情をそのまま追認し固定化するものであって、認められるべきではないと考えます。

4 国籍法3条3項がもたらす深刻な問題2~無国籍児(者)の発生2
(1) 国籍法3条により日本国籍を取得した者の中には、本国とされる国で出生登録がなされていない等の理由で外国国籍の取得が確認できない状態にある者や、無国籍者や、 日本国籍を取得したことによってもともと有していた外国国籍を喪失した者が、一定数存在します。

(2) 無国籍者はいずれの国家によってもその法の運用において国民としても認められない者であり、無国籍者の保護、無国籍の発生の防止と解消は国際的な要請です。日本は未だ加盟していませんが、「無国籍者の地位に関する条約」と「無国籍の削減に関する条約」は、年々加盟国が増加しており、無国籍の発生防止は今日、国際慣習法といわれています3(無国籍防止原則)。最高裁判所第二小法廷1995(平成7)年1 月27日判決も、国籍法2条3号の立法目的を無国籍の発生防止であると認定しています。憲法22条2項も国籍離脱の自由は当事者が無国籍となる場合には認められな いと理解されており、無国籍防止原則を前提としています。よって、日本の憲法及び 国籍法は、無国籍の発生防止を重要なものとして要請しています。

(3) 他方、改正法案による国籍法3条3項の新設を認めれば、認知が事実に反するときは、たとえ本人が日本国籍以外の国籍を持たなかったとしても、そのことを全く考慮せずに、日本国籍を遡って「喪失」させるものと考えられ、その結果、無国籍児を発生させることになります。これも現在の日本の「悪しき」行政実務を追認するものです。先に述べたとおり、子自身は認知が事実に反することを知らず、子自身には偽装認知について何ら帰責性がないのにもかかわらず、子をどこの国からも保護を受けられない無国籍の立場に陥れることになるのです。

このように、国籍法3条3項は無国籍者を生み出すおそれのある規定であって、非人道的であるのみならず、国際的な要請であり、日本の憲法及び国籍法の重要な価値 の一つである無国籍防止原則にも反します。

(4) 諸外国においては、親子関係の無効による国籍の無効・喪失を、子が無国籍となる 場合には認めないものとしたり、国籍を取得してから既に一定期間経過している場合 には国籍の無効・喪失を認めないものとしたりすることにより、国籍無効・喪失の制 限を設ける立法例が多数みられます。日本においても、一旦、日本国籍を取得してか ら一定期間が経過し、認知が事実に反することを理由として認知の無効を主張できな くなったときは、遡って国籍を喪失させることができない、とするべきです。

(5) したがって、この点からも、国籍法3条3項を新設するべきではありません。

5 国籍法3条3項がもたらす深刻な問題3~ 嫡出子との不平等の温存

子が嫡出子(婚内子)である場合には、嫡出否認の出訴期間経過後は、子は父との間に血縁がないことを理由にその日本国籍を「喪失」することはありません。これに対して、子が非嫡出子(婚外子)である場合には、改正法案の国籍法3条3項によって、認知が事実に反するときには、子は認知無効の訴えの出訴期間の経過後何年が経っても、そして何歳になっても、遡って日本国籍を「喪失」することになります。

けれども、これら二つの取扱いの違いについて合理的な理由があるとは到底言えません。

(1) そもそも、改正法案が民法786条を改正して認知無効に制限を設けることの理由としては、「現行法では主張権者が広範で、無効主張の期間制限がないため、子の身分関係がいつまでも安定せず、嫡出否認の訴えについて厳格な制限が設けられていることとの均衡を欠く」問題があることが挙げられています。

(2)嫡出子(日本国籍の父と外国国籍の母の夫婦の嫡出子)は、国籍法2条1号2号に基 づいて出生により日本国籍を取得します。この場合、嫡出否認の訴えによって父子関 係が否定されると、子の日本国籍も出生時に遡って否定されることになります。

とはいえ、嫡出否認の訴えには出訴期間の制限があります。出訴期間を過ぎると、その日本国籍を否定されることはなくなります。改正法案は民法777条を改正して出訴期間を3年としています。つまり、3年が経過した後は、子は父との血縁がない ことを理由にその日本国籍を否定されることはなくなります。

(3) これに対して、非嫡出子の場合は、改正法で新設される国籍法3条3項によれば、 認知無効の訴えの出訴期間が過ぎ、誰も認知無効の訴えを提起できなくなった後でも無期限に、認知が事実に反すると判明したときには子は遡って日本国籍を「喪失」す ることになります。この「不均衡」について合理的な理由があるとは到底言えません4

6 国籍法3条3項がもたらす深刻な問題4~国籍法3条以外の場面への波及

(1) 改正法案は、国籍法3条について3項を新設して、認知について反対の事実がある ときは同条を適用しない、としていますが、親子関係の存在が要件となる他の法律には、このような規定を設けていません。したがって、例えば国籍法8条1号の簡易帰化の要件としての「日本国民の子」、出入国管理及び難民認定法別表第2の「日本人の配偶者等」の在留資格の要件としての「日本人の子として出生した者」、健康保険や児童手当、生活保護などの社会保障給付の要件としての「子」に該当するか否かの判断にあたっては、改正法案の民法786条が適用され、認知無効の判決が確定しない限り、親子関係が存在することを前提としての取扱いがなされるものと考えられます。

(2) とはいえ、実際には、以下で述べるように、異なる解釈がなされる可能性もあり、 実務上、大きな混乱を招くおそれがあります。

たとえば、前記2で述べた事例では、国籍法3条によって日本国籍を取得し、日本に居住していた子Aが、その後に認知が事実に反することが明らかになったとして、 日本国籍の取得が遡って無効とされました。彼が日本に居続けるためには、在留特別許可(入管法50条)によって在留資格を得る必要がありました。改正法案の考え方では、入管法50条の適用に当たっては改正法案の民法786条が適用され、出訴期間を過ぎた後は認知が無効であることを主張することができなくなり、法律上の親子関係が存在することになるので、自らが日本人父の子であることを考慮して、在留特別許可(「日本人の配偶者等」の在留資格)を付与すべきだ、と主張することが考え られます。

けれども、この場合に、入管当局が、認知が事実に反し、日本国籍取得が否定された者に対し、「日本人の配偶者等」の在留資格を認めるとは考え難いと言わざるを得 ません。そうすると、民法786条の認知無効の主張制限の規律は、なし崩し的にその適用除外が拡大されかねないことになります。特に入管法や、あるいは帰化手続においては行政権の広い裁量が認められているために、民法上は認知を無効と扱うことが許されないにもかかわらず、「認知が事実に反する」という事情を本人に不利に評価して不利益処分をする、という事態が起きることは容易に推測されます。

(3) このことは大変重要なことなので繰り返し述べますが、認知が事実に反すると判断された子は、事実に反する認知を受けたことも、そのような状態で日本に居住したことについても、何ら非難されるべき立場にありません。それにもかかわらず、「不法 に在留する外国人」として法的に非難され、退去強制処分を受ける可能性が非常に高くなり、著しい不利益を受けることになるのです。

7 国籍法3条3項がもたらす深刻な問題5~父の戸籍の認知記載を巡る混乱

(1) 前述のとおり、改正法案が新設する国籍法3条3項は、国籍法3条による国籍取得届がなされ、その審査の過程で認知が事実に反することが判明した場合には、国籍取 得届を不受理とすることを内容とするものです。また、既に国籍取得をした後で認知が事実に反することが判明したときには、遡って国籍を「喪失」させることもその内 容としているものと考えられます。そして、後者は、戸籍法24条2項に基づく職権による戸籍訂正(子の戸籍の消除)によるものと考えられます。

(2) しかしその一方で、父の戸籍の身分事項欄の認知の記載までも、戸籍法24条2項に基づき職権で消除することを予定しているのか否かについては、改正法案からは明 らかではありません。

この点について、部会資料19では、3つの場合分けをしつつ、「認知が事実に反 することが判明した時期が認知無効の訴えの出訴期間内であれば職権により認知の記載を消除するが、出訴期間経過後の場合には認知の記載を消除しない」という取扱いが提案されていました(48頁)。けれども、法案作成前に法制審議会民法(親子法 制)部会第25回会議(2022(令和4)年2月1日開催)でとりまとめられた「民法(親子法制)等の改正に関する要綱案」とその補足説明資料では、父の戸籍の認知の記載に関する取扱いについては、なぜか一切言及されていません。

(3) もし、父の戸籍の認知の記載を職権により消除することを認めれば、改正法案の民 法786条が定める出訴権者や出訴期間の制限とは無関係に、行政庁の判断によって認知の記載がいつでも消除されることになってしまいます。夫婦や親子といった身分関係が全て戸籍によって証明される実情を考えるならば5、職権によって認知の記載を消除することを認めてしまうと、民法786条の認知無効の主張制限の趣旨が骨抜きにされ、行政権によって子の身分が不安定化される、という事態が生じます。 また、職権により父の戸籍の認知の記載を消除することが許されると、例えば、認知無効の訴えの提訴期間が経過した後に、父が法務局長に対して認知が事実に反するものであった旨を申告しその調査を促すことによって、戸籍の認知の記載を消除させ、 結果として認知無効の訴えが認容されたのと同じ状態を作出させることすら容認することになりかねません。

したがって、少なくとも、父の戸籍の認知の記載については、(民法787条の認 知無効の訴えの手続によらない)職権による消除を認めるべきではありません。

(4) なお、認知が事実に反することを理由とする、父の戸籍の認知の記載の職権による消除は、国籍法3条の適用場面だけに限りません。手続上は、日本人同士のカップルの子についても、認知が事実に反するときは、戸籍法24条2項により職権で認知の記載を消除することができることになります。

国籍法3条が関係しない、日本人同士のカップルの事案で、法務局が、独自に認知が事実に反することを察知して職権で戸籍を消除する、という事態はあまり想定できないかもしれませんが、上述したように、認知無効の訴えの出訴期間を過ぎた後に、 父が法務局に対して、認知が事実に反することを示して戸籍訂正の職権発動を求める、 ということは全く起こり得ない事態ではありません。そのような場合に職権による認 知の記載の消除を認めることは、まさに民法786条を潜脱する結果を招きます。

(5) 最高裁判所2014(平成26)年1月14日判決(民集 68巻1号1頁)及び同年3月28日判決(集民246号117 頁)は、認知者自身による認知無効の主張制限について、「具体的な事案に応じてその必要がある場合には、権利濫用の法理などによ りこの主張を制限する」場合があり得ることを示しています。これは、継続した事実関係を尊重し、子の身分の安定とその福祉を図ろうとするものであり、改正法案の民 法786条と同じ考え方であると言えるでしょう。

けれども、認知が事実に反する時に職権で父の戸籍の認知の記載を消除する取扱いを認めると、認知無効の訴えが権利濫用であるとして棄却されたにもかかわらず、法務局に戸籍訂正の職権発動を働きかけることによって、戸籍の認知の記載を消除させ、 判決を実質的に無効にすることすら可能になってしまいます。

8 結論 ― 国籍法3項3項の新設は認めるべきではないこと

現在の国籍法3条の要件である「認知」は、民法上の認知の要件と同じであり、生物 学的な親子関係の存在を前提としています。生物学的な親子関係がない場合には認知は全て否定される、という現在の民法の考え方の下では、認知が事実に反するときは国籍法3条による国籍取得も否定されることになります。

けれども、改正法案の民法786条は敢えて、非嫡出子の身分を安定させその権利利 益を保護するという目的のために、認知が事実に反していても、一定の人、一定の期間 を除いて認知の無効を主張することができない、としました。そうであるならば、国籍法3条の場面でも、同じように子の権利利益の保護という配慮をするべきです。

認知無効の主張制限は、事実に反する認知に子は関与しておらず、子の責任を問うたり、子に不利益を課する根拠がないことも考慮されているはずです。だとすれば、国籍法3条による国籍取得の場面でも、事実に反する認知がなされたことについて子の責任を問うたり、子に不利益を課する根拠はありません。

「国籍の不正取得を目的とした偽装認知」という表現はいかにも悪質そうに聞こえま すが、実情は、認知が事実に反することを父母共に認識していない事案や、認知が事実 に反することを知りつつも家族としての情愛から認知をした、という事案も数多くある ことは、前述のとおりです。これらの事案を一律に「認知が事実に反する」として切り捨てることは、子の権利利益の保護という改正法案全体の目的に反するものです。

国籍を与えるか否かは、国家にとっても、また個人にとっても重要な課題です。そこには、親子関係の存否の他に、国家の側の利益と、国籍を与えられ、あるいは失う個人の側の利益があります。特に一旦、与えられた国籍を失うことは個人にとっては大変な不利益です。

このような重大な問題は、親族法改正の「ついで」に変更するべきではなく、改めて 国籍制度の改正を正面から議論する中で適切妥当な制度を設けるべきです。

したがって、今回の法改正案では国籍法3条3項を新設するべきではなく、国籍法3 条による国籍取得届の場面でも、民法786条の規律が適用されるべきです。

以上

(更新履歴)
□2022 年 10 月 31 日午前   共同提案団体等に「特定非営利活動法人 移住者と連帯する全国ネットワー
ク」を追記




代表連絡先:弁護士近藤博徳(東京弁護士会所属、TOKYO大樹法律事務所)。なお、共同提案団体等 は、今後追加される場合があります。

2 改正法案の国籍法3条3項がもたらす無国籍(者)問題については、国連難民高等弁務官事務所も懸念を表明している(2022 年 10 月 21 日付「『民法等の一部を改正する法律案』(2022 年 10 月 14 日第 210回国会提出) 日本国籍法第3条の改正部分に関する UNHCR の見解」(英文/日本文) 

https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/2022/10/EN-UNHCR-Full-Comments-Nationali

ty-Act-Amendment-Bill-20221014.pdf
https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/2022/10/JP-UNHCR-Full-Comments-Nationali ty-Act-Amendment-Bill-20221014.pdf

3 近藤敦『人権法第2版』(2020年、明石書店)、44頁。

特に、子が両親の婚姻前に出生し、準正によって嫡出子となった場合には、国籍取得は国籍法3条の届出によるのに対して、両親の婚姻後に出生して嫡出子となった場合には国籍法2条によって生来的に国籍を取得することを考えると、たまたま婚姻と出生が前後したことによって、上記のような取扱いの差異 が生じることは、明らかに不合理です。

全ての行政手続において、実務上、身分関係の確認は戸籍によって行われています。したがって、父の戸籍の認知の記載を職権により消除することを認めることは、全ての行政手続において親子関係を証明で きないという結果を招いてしまいます(つまり、6項で指摘した、「国籍法3条以外の法律上の親子関係 の存在が要件となる他の法律」において、その適用が否定される結果となってしまいます。)

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