2022年9月6日
日本放送協会(NHK)
会長 前田 晃伸 様
メディア総局長 林 理恵 様
報道局長 山下 毅 様
2022年8月31日(水)、貴局より国際報道2022「強制送還の限界〜入管の苦悩〜」が放映された。番組は、入管側から提供された情報のみで構成されており、「様々な理由で帰国を拒む」被退令発付者に対する独自取材はまったく行われていないなど、「報道」の名前に値しない内容である。
メディアとしての基本ともいえる事実関係を確認することなく、入管側の主張を一方的かつ無批判に伝えるだけの番組内容に対して、移民・難民の権利と尊厳の保障を求める立場から、以下に問題点を指摘するとともに、強く抗議する。
番組では、2021年1月1日現在の「不法」滞在者は8万人で、5年前から2万人増と紹介している。「増加」というのは、どの時点と比較するかという相対的評価であり、90年代のピーク時には30万人、2000年代初めには25万人であったことと比較すれば、非正規滞在者は減少傾向にある。また、白書やメディア等を通し「不法滞在者の増加」を強調して市民の不安を煽っているのは、むしろ入管側である。非正規滞在者の存在は、市民にとって何の不都合もなく、むしろ「不法滞在」とされることによってさまざまな人権侵害を引き起こしているのが現実である。
なお、番組では、なぜか2021年1月1日現在の数値を用いていたが、最新の2022年1月1日現在の「不法」残留者数は66,759人(21年1月1日現在:82,868人)で、この数値を5年前と比較するとほぼ同じである(17年1月1日現在:65,270人)。また、「不法」滞在者6~8万人という数は、先進諸国では極めて少ない数である。
一方、「不法」滞在の長期化が問題になっていると指摘しているにもかかわらず、その客観的な根拠は一切示されていない。「不法」残留者数の在留期間別統計に関して、私たちは、これまで再三、法務省や入管に問い合わせているが、そのような統計はとっていないとの返答であり、当該番組が、どのような数値を入手したうえで、このような指摘をしたのかが不明である。長期化というのであれば、在留期間別の構成比の推移を示すべきであり、それを確認しないまま、入管側の発言をそのまま伝えたのだとしたら、報道機関として、あまりに無責任である。
番組では、「不法」滞在の長期化が国の費用負担増という問題をもたらしているとしている。しかし、国の負担だとされる医療費と帰国費用は、収容の長期化や「送還忌避」とはそもそも何の関係もない。
番組では、難病で3ヶ月以上入院している中国人被収容者を事例として紹介し、1千万円以上の治療費は、国が支払わなければならないとしている。しかし、収容され、収入を得ることができず、保険の適用も受けられない人が病気になった場合に、収容に関するすべての権限を持ち、被収容者を管理する立場にある国が責任を追うのは当たり前のことである。また、日本が模範となり、国際社会でも推し進めている「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」の観点からも、病気になった人を公費で支えるのは当然のことである。しかも、入管が医療費を負担する事案自体が極めて稀であり、2021年3月に名古屋入管収容施設で死亡したウィシュマさんに限らず、多くの被収容者が、満足な医療をうけることができず、身体的・精神的な疾患を発症・悪化させているのが現実である。
加えて、仮放免となっている人の医療費については何の手立ても取られず、医療費はすべて自己負担である。重篤になっても病院にかかれず、命を落とした仮放免者もいる。そして、「国費負担」をはるかに超える金額が、仮放免者の借金となり、かつ多額の未払医療費として医療機関に押し付けられている。
番組はこういった現実を何一つ見ようとせず、制度や背景の説明もせず、入管が費用を負担しているごく一部の事案のみを取り上げ、あたかも強制送還対象の外国人すべての医療費を国費で負担しているかのような印象を与えている。あまりにアンフェアな報道姿勢である。また、不運にも病に侵された仮放免者の医療が必要な状況を、コストとして捉え「問題」としてあげつらうところに、番組制作者の人権意識の低さが露呈している。
番組では、人道的な理由から、基本的に身体拘束して強制的に退去させることはないと解説しているが、これは事実ではない。多数の入管職員によって無理やり飛行機に乗せられようとした被退令発付者が死亡したり、怪我をしたり、あるいは、簀巻き(すまき)にされて送還されたりした事例がある。これらについては、貴局も報道しており、調べれば簡単に確認できることである。
番組では、諸外国との比較で、アメリカは専用の航空費があり、EUには加盟国が使えるチャーター機があるのに対して、日本は民間機を利用しなければならないため、強制的に送還する手段がないかのような説明をしている。しかしながら、上述のとおり、民間機を利用した強制的な送還が、過去に何度も行われている。
加えて、2013年7月から8回にわたって、計339名がチャーター機で集団強制送還されており、そのなかには、子ども、パートナーや子どもなど家族が日本にいる者のほか、難民申請者も含まれている。難民申請者については、不認定の結果を伝え、異議申し立ての機会を与えることなく、チャーター機で送還したことに対して、裁判を受ける権利を侵害したとして違憲判決が出ている(確定)。報道機関として、このことを知らなかったはずはないであろう。
なお、帰国費用は、入管法上、原則国費である。その点に言及することなく、「帰国費用は“自己負担”であることは望ましい」と、法律とは異なる入管側の意向を一方的に伝えているが、むしろ入管が被収容者に自費出国を求めることが、長期収容(「不法」滞在の長期化)の一因にもなっている。しかし、これに対する入管側の見解は何ら問われていない。
番組では、課題解決として、問題のある人を速やかに送還する方法を検討しつつ、それ以外の人については、日本社会に一定受け入れていく(正規化)方向で、入管法改定を検討しているとのことであった。だが、在留特別許可(正規化)は、現行の入管法第50条に規定されているものであり、新たな課題解決方法ではない。当局自らが策定した「在留特別許可に係るガイドライン」があるにもかかわらず、恣意的な運用を行い、「さまざまな理由」を斟酌することなく退去強制令書を発付した結果、「帰国に応じない」――端的に言えば、帰国することができない――非正規滞在者が生み出されているのである。つまり、「苦悩」の原因をつくっているのは当局自身といえよう。
番組の最後で、担当記者は「外国人をどう受け入れていくのかを国全体として考えていくことが急がれている」と語っている。この点について異論はないが、であるならば、何よりも大切なのは、正確な情報であり、それを提供し、建設的な議論の場を構築することこそが、「公共放送」の役割であるはずである。
加えて、そのためには、犯罪者を連想させる「不法」滞在者という用語の使用も見直す必要がある。すでに1975年の国連総会で、公式文書では「不法(illegal)」ではなく、「未登録あるいは非正規の移住労働者(non-documented or irregular migrant workers)」という用語を使用するよう決議がなされており、以来、それらは国連用語として現在まで完全に定着している。入管においても、2020年12月7日、出入国在留管理庁長官名で発出された通達では「非正規在留外国人」という名称を使用している。今回の番組は、このような入管の努力をも後退させるものとなっている。欧米諸国の主要な報道機関でも、既に「不法(illegal)」の使用をやめており、NHKが日本を代表する報道機関の一つであるとの自覚を持つならば、直ちに見直しと改善を行うべきである。
現場に赴き、地道に取材を重ね、移民・難民に寄り添い、その声に耳を傾ける貴局の記者に私たちは出会っている。そのような記者も含め、いま取材する側がジャーナリズムの基本に立ち返り、今回の番組の姿勢にどう向き合うのかということが問われている。さまざまな立場の人に取材を行い、事実関係を確認したうえで、責任ある内容の番組が制作されることを強く求める。公共放送としての矜持を期待したい。
以上