NPO法人 移住者と連帯する全国ネットワーク
人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)
NPO法人 全国女性シェルターネット
公益財団法人 日本キリスト教婦人矯風会
認定NPO法人 ヒューマンライツナウ
今年3月6日、33歳のスリランカ女性ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋出入国在留管理局(以下、「名古屋入管」)の収容施設で命を落としました。
法務省出入国在留管理庁(以下「入管庁」)が8月10日に公表した、「令和3年3月6日の名古屋出入国在留管理局被収容者死亡事案に関する調査報告書」(以下「報告書」)の内容から、入管庁の対応が非人道的であり、必要な医療措置を怠ったことが明らかになりました。私たちはかけがえのない命を奪った入管庁の不適切な対応に強く抗議するとともに、とりわけウィシュマさんがドメスティック・バイオレンス(以下、「DV」)被害を訴え、救いを求めていたにもかかわらず、適切な保護を受けられなかったことは見過ごすことのできないきわめて重大な問題であると考えます。
このような事態は二度と繰り返されてはなりません。DV被害者は、国籍や在留資格の違いによって差別されることなく適切な保護を受けるべきであり、収容中に適切な対応がないまま命を落とすようなことは決して許されません。
私たちは、この問題に関する検証も再発防止策も極めて不十分であるとの認識のもと、徹底した検証と再発防止策の策定、とりわけ法改正と入管における措置要領の改定を速やかに行うよう求めます。
問題点1. 名古屋入管におけるDV被害者対応の問題
ウィシュマさんは、交際していた男性からのDVに遭い、救いを求めて警察に相談したDV被害者であるにもかかわらず、被害者として保護されずに収容されました。
法務省入国管理局長名で通知された「DV事案に係る措置要領」(平成20年7月10日制定、平成30年1月29日改正、以下、「措置要領」)によれば、「在留審査又は退去強制手続きにおいてDV被害者又はDV被害者と思料される外国人を認知したときは、DV事案の内容等について事情聴取を行うなどし、その事実関係を可能な限り明確にする」(第3の1(1))とされ、さらに「DV被害者と確認された外国人については、配偶者暴力相談センター又は警察官へ通報することを希望するか否かの意思確認を行い、通報することを希望した場合は、その者が居住する地域等に所在する配偶者暴力相談センター又は警察官へ連絡する」(第3の3(1))、DV被害者である容疑者に対して退去強制手続を進める場合は、原則として仮放免し、「必要に応じ、婦人相談所に対して身体の一時保護等について協力を求めるものとする。」(第5の2)とされています。ところが、名古屋入管では、ウィシュマさんからDVを受けているとの訴えがあったにもかかわらず、DV措置要領にもとづく対応を一切怠りました。その結果、事情聴取を行いDVの実態を明らかにすることもなく、配偶者暴力相談支援センターまたは警察官に通報もせず、仮放免申請にも応じませんでした。しかも重大なことに、名古屋入管の職員は措置要領の存在も、内容も知らなかったと言います(「報告書」)。もし、「措置要領」通りにDV被害者として婦人相談所等に保護されていれば、彼女は死なずに済んだはずです。
問題点2.警察の初期対応の問題
「報告書」によると、令和3年1月4日にウィシュマさんが提出した仮放免許可申請書には、仮放免を求める理由として「警察に出頭し、彼氏から暴力がふるわれていたことを話した」との記載がありました(報告書57ページ)。その段階で警察が入管ではなく、配偶者暴力相談支援センターと連携し、彼女を婦人相談所等で保護していれば、このような事態は防げました。
本件のような悲劇を二度と繰り返さないため、警察の対応、入管の対応が徹底して検証されるべきです。
問題点3.「報告書」のDV判断
「報告書」では、「措置要領」をふまえ、職員は聴き取りを行うべきだったとはしていますが、「仮に同手続を履践していたとしても、必ずしも、A氏(ウィシュマさん)がDV被害者と認められるべきであったか否か明らかでない」「A氏に対する退去強制処分を見直したり、DV被害者として退去強制手続き上特別の取り扱いをするべき事案とまでは言えないと考えられる」と結論づけています(「報告書」92ページ)。ウィシュマさんは中絶を強要され、身体的な暴力を受けたと訴えており、収容中も加害者から手紙で脅されたことが明らかになっています。元交際相手も身体的暴力をふるったことを認めている本件は、明確なDV被害事例です。ところが報告書は、被害者が抵抗したことや、元交際相手の二通目の手紙において攻撃性が薄まっていたことを理由に、DV被害者であること自体を認めません。また、詳細な事情聴取もなく、「A氏には、DV被害の影響により在留期間の更新等ができずに不法残留になったといった事情はうかがわれなかった」と結論づけています。報告書の結論は、DV被害者として保護すべき場合を著しく狭く捉えており、DVに対する認識不足も甚だしいというほかありません。
この調査結果は強い非難に値するものであり、DVの知見の乏しい入管庁にDV被害者の対応を委ねるならば、多くの被害者は被害者と認定されないままこれからも収容されるであろうことが明らかになりました。
法務省の統計によると、全国の地方入管におけるDV被害者の認知数は、毎年わずか2桁台にとどまります(2019年は82件)。これまでその理由として、支援情報が届いていないこと、相談窓口の対応力の不足などが挙げられてきましたが、より重大な問題として、入管のDV理解が極めて乏しいことが今回の事件で明らかになりました。
救いを求めたDV被害者が保護でなく収容されることも、仮放免をされないまま長期拘束され命を落とすことも二度と繰り返されてはなりません。
そこで私たちは以下のとおり求めます。
第1 関係省庁に対して
1 法務省および出入国在留管理庁(以下、「入管庁」)に対して
(1)報告書におけるDV被害者対応の再検討
「報告書」は、明らかにDV被害に関する知見のないまま作成されており、DV被害者保護の観点が欠落した重大な欠陥があり、このまま容認することは到底できません。すみやかに、DV被害に関する専門家が関与した新たな検証体制を確立し、本件のDV被害者対応の問題点を改めて検証することを求めます。
(2)入管庁は、DV被害に関する措置要領について、下の三点を含む根本的な改定に速やかに着手すること
① 入管庁は当該外国人がDV被害者か否かを認定する知見を有していないのであるから、DV被害者に対する誤った判断により被害者保護に欠ける事態を防ぐために、DV被害を申告し、又は思料される外国人については一切の裁量の余地なく、速やかに配偶者暴力相談支援センターに通報することを明確にすること
② 配偶者暴力相談支援センターが被害申告を認知した場合は、DV被害者として取り扱うこと
③ 以上を明確にするため、措置要領の第3の1(4)「DV被害者であることを認知した」、同3(1)DV被害者と確認された」、第5の1「DV被害者であると判明した」、同3「DV被害者であることが判明した」、第6「DV被害者またはDV被害者と思料される外国人」、その他「DV被害者」との記述は、「DV被害を申告した外国人またはDV被害者と思料される外国人」とすること。
(3)措置要領が本件における現場職員に一切周知徹底されていなかった原因を調査・究明するとともに、全国の施設における周知・実施状況を調査し、改善策をとりまとめ、研修方法の改善に関する方針を公表すること
2 警察に対して
警察は外国人から相談を受けた際は、DVに関する訴えがあれば、在留資格の有無に関わらず、入管ではなく配偶者暴力相談支援センターに通報し、対応を求めるよう、通達等を改めて発出し、確実に実施すること
第2 法改正
私たちは以下の法改正を求めます。
1 入管法の改正
「出入国管理及び難民認定法」(入管法)は、原則収容主義の撤廃、収容期間の法定、収容に関する司法審査の導入、出入国在留管理と難民保護・外国人の在留支援の分離など、国際人権基準に基づく抜本的な改正を行うこと
加えて、DV被害者への適切な対応のため、以下の内容を改正に盛り込むことを求めます。
・DV相談に適切に対応するため、地方局等は、警察、婦人相談所、配偶者暴力相談支援センター、NGO団体等と連携を図り、また、DV被害者の保護等について相互に協力するよう努めるものとする。
・配偶者暴力相談支援センターが配偶者からの暴力の被害者であると認めた者については、出入国在留管理局はその判断に従い、必要な被害者保護の措置を講ずる。
2 DV防止法の改正
「配偶者からの暴力の防止と被害者の保護に関する法律」第5次改正に下記の内容を盛り込むこと
1. 同法第6条1項について、「身体的暴力に限る」とする括弧書きを削除すること
2. また入管については、第6条の2として新設すること
「1 出入国在留管理局の職員は、その職務を遂行するにあたり、配偶者からの暴力の被害者であると申告をした者あるいは被害者と思料される者を発見したときは、その旨を配偶者暴力相談支援センターに通報する。
2 通報を受けた配偶者暴力相談支援センターは、直ちに配偶者からの暴力の被害を申告した者あるいは被害者と思料される者と面談し、婦人保護施設等において被害者を一時保護する。出入国在留管理局の職員は、配偶者暴力相談支援センターの業務の遂行に協力しなければならない。」
3. 第8条については、努力義務規定ではなく「講ずる」と改正すること
また、第8条中に下記の規定を新設すること
記
警察官は、配偶者からの暴力の被害者と思料される在留資格のない者を発見したときは、被害者の保護のための措置を講ずるものとする。
4. 第9条の機関に「出入国在留管理局・収容施設」を入れること
5. 第23条に「在留資格の有無に関わらず」と入れること
以上