2021年8月10日、出入国在留管理庁(以下「入管庁」)は、同年3月6日に名古屋出入国在留管理局の収容施設で死亡したスリランカ女性ウィシュマ・サンダマリさんに関する「調査報告書」を公表した。
はじめに
この「報告書」は、入管庁が任命した5名の有識者からの意見や指摘をふまえつつ、ヒアリングを含め「身内」で検討資料等を用意し、事実関係を都合よく並べた内部調査に過ぎない。入管庁が編集した監視カメラ映像を実際に見たウィシュマさんのご遺族の指摘にあるように、「報告書」に記載された事実関係は少なからず歪曲されていると推測される。「報告書」は死因の解明には至らず、調査から導き出された検討結果も、対応の改善点を指摘しつつも、「現場は現場なりにがんばっている」との入管庁の説明にもあるように、職員の対応を擁護するなど、真相解明を目指す真摯な態度や反省を欠き、死亡事件を発生させた制度的・構造的問題に切り込むものとなっていない。尽きるところ、この「報告書」をもって、入管庁が自らの責任を回避し、「幕引き」を図ろうとするものである。
入管収容施設で死亡事件が発生したのは、今回が初めてではない。1997年以降、全国の入管収容施設で、少なくとも20名の被収容者の生命が病死や自死などで失われている。うち、死亡に関する調査結果が公表されたのは、ウィシュマさんを含め2件のみである。この事実だけをみても、入管庁がいかに被収容者の生命を軽んじているかを理解できるであろう。
私たちは、ウィシュマさんをはじめ、これまで入管収容施設で亡くなった方々に心からの哀悼の意を表すとともに、二度と同じことが繰り返されることがあってはならないという強い思いから、以下の意見を表明する。
1. このような悲劇を二度と引き起こさないためには、入管庁からは独立した「第三者委員会」を設置し、ウィシュマさんが死亡した原因を解明・公表し、再発防止策を講じる必要がある。そのためにはまず、ビデオの全データをご遺族と代理人、ならびに国会議員等へ開示すべきであり、国会での集中審議が必要である。
なお、2010年7月に入国者収容所等視察委員会が設置されて以降も死亡事件が発生していることに鑑みれば、「第三者委員会」の委員の選任は、外部組織が行うべきである。
2. 「報告書」では、心身の不調に苦しんでいるウィシュマさんに対する入管庁職員の耳を疑うような発言が記録されている。まさにゼノフォビア(外国人嫌悪)であり、入管庁の体質を物語っていると言えよう。このような言動は今回に限ったことではなく、収容中に同様の経験をした者も少なくない。とりわけ2015年9月18日通知(法務省管警第263 号)の発出後の入管収容政策は苛烈を極めている。
ウィシュマさんを死に追いやった入管庁の対応は、外国人差別に基づく虐待であり、「特別公務員暴行陵虐罪」「業務上過失致死罪」など現行法の罪にも該当する可能性がある。同じ悲劇を引き起こさないためには、当該入管庁職員、名古屋入管局長、入管庁長官ならびに法務大臣に対して厳正な処分をすべきである。そして、入管庁職員による被収容者に対する虐待行為を法令による罰則をもって禁止することが急務である。
これまで入管は、1978年最高裁判決の「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は…外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない」という判断を金科玉条とする姿勢を崩してこなかった。入管収容施設における被収容者への度重なる非人間的な対応も、入管庁が、在留資格をもたない者には人権がないと考えていることの表れではないだろうか。同最高裁判決の後に日本政府が批准した国際人権規約に基づき、入管庁は、基本的人権は、国籍や在留資格にかかわらずすべての人に保障されることを銘記すべきである。
3. 「報告書」には、DVの専門家でない有識者による「本件をDV案件として考える必要がないのでは」などとした評価が掲載されるなど、DV被害に対する適正な分析がなされていない。したがって、改めて専門家をまじえて分析し直す必要がある。また、現場職員らがDV措置要領の内容や存在さえ認識してなかったという問題はきわめて深刻であり、DV措置要領の内容やあり方の見直しを含め、DV被害者保護について、至急体制を整備すべきである。
4. 人間の自由を奪うという意味で権利の重大な侵害行為である収容は、送還確保の目的と最小範囲の行動制限でのみ認められるべきである。しかしながら、現行の入管収容制度は、送還に応じない者を身体的・精神的に追い詰め、送還に応じることを強要するための手段として使われている。そのため、長期収容によって、身体的・精神的な健康を損なう被収容者が多数にのぼり、死に至る取り返しのつかない事態を招いている。したがって、医療体制を早急に整備することはもとより、全件収容主義をただちに見直す必要がある。加えて、国連諸条約に基づく国際人権自由権委員会、人種差別撤廃委員会、拷問禁止委員会が繰り返し勧告しているように、収容代替措置を優先し、収容期間に上限を定め、収容の可否は、入管庁ではなく司法が判断すべきである。
加えて、入管収容施設では、適切な食事と居住空間、運動などのリラクゼーション、外部との交流、医療体制の強化など、人間としての尊厳が保たれる収容環境を整備すべきである。
5. 個人の人権よりも在留資格の有無を上位に置き、在留資格をもたない外国人を日本社会に対して害をなす者、排除すべき対象とみなし、その送還を至上の「使命」とする入管行政が、度重なる悲劇と人権侵害を生み出してきた。このようなことを二度と繰り返さないためには、この「使命」が国際人権規約によって制約されるものと認識を改め、入管の制度的・構造的問題を抜本的に改革することが必要である。
移民・難民を管理の対象として捉える現行の入管制度を全面的に見直し、法改正と組織改革を行い、国際人権基準をふまえた難民認定制度と在留制度、収容制度へと転換すべきである。
最後に
私たちは「最終報告書」の内容と、ビデオの全面開示を行わない入管庁の対応に強い憤りを覚える。ウィシュマさんは、「入管」という名の制度的・構造的暴力装置によって命を奪われたのである。そのことを、政府も国会も銘記すべきである。
そして、このような入管を容認し、幾多の人権侵害から目を背けてきた私たち市民社会も、ウィシュマさんの死を重く受け止め、移民・難民をはじめ、すべての人びとの権利と尊厳が尊重される社会を築いていく必要がある。
以上