2020年3月17日
「ビジネスと人権」に関する行動計画の原案に対する意見
<第2章 行動計画>
(1) 横断的事項
ア. 労働(ディーセント・ワーク)の促進等(p7-8)
・意見内容
「ILO111号条約(雇用と職業についての差別待遇)およびILO190号条約(仕事の世界における暴力とハラスメント撤廃)の批准に向けた意思表示を行うこと。
・理由
ILO111号条約は、政府は過去数十年にわたり批准するよう国際社会から勧告を受けており、その都度「検討する」と逃れてきた。ILO190号条約は、企業による外国人労働者をはじめとする働く人たちに対するハラスメント対策は喫緊の課題である。
<具体的な措置>
(ウ) 労働者の権利の保護・尊重 (p8)
・意見内容
労働者の権利の保護・尊重について、「含む外国人労働者、技能実習生」という記述に加えて「留学生」についても言及をすべきである。
・理由
技能実習生については言及があるものの、すでに日本国内で33万人以上に達し、資格外就労をつうじて、技能実習生と同様に日本社会の欠かせない労働力となっている留学生についても記述すべきである。また、現在、留学生の労働搾取についても実例が出ている以上、資格外就労に従事する留学生の実情を把握し、人権侵害を防止する施策を講ずるべきである。
※技能実習に関わる部分は、別途後述する。
ウ. 新しい技術の発展に伴う人権
<具体的な措置>
(ア)ヘイトスピーチを含むインターネット上の名誉毀損、プライバシー侵害等への対応(p9-10)
・意見内容
IT企業にネット上の人権侵害情報の流通防止のため、関連情報を保存する義務や人権侵害情報及びそれに対する対応についての報告書を作成させる、政府はインターネット上のヘイトスピーチ等人権侵害について、政府から独立した専門的な機関を設置するなど、迅速で実効性ある対応ができるよう法整備すべきである。
・理由
現状では、ネット上の人権侵害について被害者が裁判を起こすのは大きな負担であり、ほとんどの人は泣き寝入りし野放し状態となっている。法務局による削除要請は強制力がなく、時間がかかり、実効性に乏しい。毎日、匿名で膨大に投稿されている現状に歯止めをかけるには、IT企業に対する発信者情報の開示請求を、被害者本人による裁判手続きではなく、政府から独立した専門的な行政機関により行うなど、実効的な救済を得られるようにする法整備が不可欠である。
オ.法の下の平等
<具体的な措置>
(オ)雇用の分野における平等な取扱い(p12)
・意見内容
雇用差別禁止法を作るべきである。
・理由
就職、昇進、研修、賃金などの雇用における各段階において国籍、民族などを理由とした差別的取扱いがある。法務省が委託した2016年秋に行った外国籍住民に対するアンケート調査結果においても、過去5年間で外国人であることを理由として就職を断れた人が4人に1人、同じ仕事をしているのに賃金が低かった人が5人に1人いる。技能実習生などの証言から、民族、国籍を理由とした深刻なハラスメントの実態があることも明らかになっている。これまでも政府は指導、啓発を行ってきたが、このような明確な差別があるとの結果が出ているので、何が差別であるか具体的に明確にして違法とすべきである。
(カ)公衆の使用を目的とする場所又はサービスにおける平等な取扱い(p12)
・意見内容
包括的な差別禁止法を作るべきである。
・理由
上記調査結果において、入居差別を経験した人の割合は約4割となっており、入店差別を受けた人も1割弱いる。これまでの指導、啓発だけでは解決できないことが明らかである。
カ. 外国人材の受入れ・共生(p.12)
・意見内容①
「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(2018年12月閣議決定、翌19年12月改訂版閣議決定、以下「総合的対応策」)をみると、就職差別や雇用差別に対して、労働基準監督署・ハローワークの体制整備、外国人労働者相談コーナーや外国人労働者向け相談ダイヤル及び労働条件相談ホットラインにおける多言語対応の推進・相談体制の拡充などの取組みが列挙されているが、いずれも従来の取組みの延長に過ぎない。むしろ、これまでも一定の取組みが行われているにもかかわらず、差別が解消されない現実に対する反省が不十分である。啓発や相談で解消できないのであれば、差別禁止の法整備を検討すべきである。
・理由
2017年に公表された法務省委託の「外国人住民調査報告書」では、過去5年間に、「外国人であることを理由に断られた」(25.0%)、「同じ仕事をしているのに、賃金が日本人より低かった」(19.6%)、「勤務時間や休暇日数などの労働条件が日本人より悪かった」(12.8%)、「外国人であることを理由に昇進できないという不利益を受けた」(17.1%)といった深刻な就職差別や雇用差別の実態が明らかになったにもかかわらず、調査結果を踏まえた新たな取組みが何も行われていない。
前掲の調査結果を日本語の会話能力別で分析すると、「日本人と同程度」あるいは「仕事や学業に差し支えない程度」であっても、就職差別や雇用差別を受けていることが明らかになった。日本語能力の不足ゆえの差別であれば、本人の努力によって解消することが可能かもしれないが、「外国人」であるという、本人の努力では変更できない属性によって差別が行われている点は、日本における差別の根深さを物語っている。
・意見内容②
同じく総合的対応策では、労働市場における格差に対して、地域での安定した就労支援として、①ハローワークにおける多言語対応、②外国人就労・定着支援研修(旧日系人就労準備研修、主に日本語習得プログラム)の実施、③定住外国人向け職業訓練(一定の日本語能力を有する者を対象)の実施、④定住外国人職業訓練コーディネーターの配置などが挙げられているが、こちらも従来の取組みの継続であり、実効性が期待できない。
・理由
外国人雇用状況の届出(2019年10月末現在)をみると、外国人の20.4%――ブラジル人とペルー人はそれぞれ54.6%と43.9%――が派遣などの間接雇用で働いており、日本全体の2.5%(「労働力調査」の役員を除く雇用者に占める労働者派遣事業所の派遣社員の割合、2019年平均)と比較して極めて高くなっている。つまり、調整弁として利用されやすい不安定な雇用のもとで働く外国人が少なくないということであり、このことが、リーマンショック後、多くの日系南米人が仕事を失ったことの一因であると推測される(2008年10月末現在の間接雇用比率は、ブラジル人71.7%、ペルー人59.4%)。
2018年度の上記取組みの実績をみると、②受講者4,311人、就職者1,604人(常用データなし)、③受講者112人、就職者58人(うち常用21人)、④受講者53人、就職者25人(うち常用10人)で、ここ数年の実績は同程度であり、実績をふまえた取組みの改善等が積極的に行われているようにはみられない。
(2) 人権を保護する国家の義務に関する取組
エ. 人権教育・啓発(p15)
・意見内容①
2000年の人権教育啓発推進法に基づき、「人権教育・啓発に関する基本計画」に「ビジネスと人権」を人権課題として明確に位置づけること。その内容は、働く人たちをはじめとするステークホルダーが、国際人権基準に基づき保障されている権利を理解し、権利侵害を受けたときは救済・権利回復を求める権利を有していること(権利行使の主体であること)を自覚できるような内容を含むべきである。その際、外国人労働者も理解できるよう多言語対応および平易な日本語で啓発することが重要である。
・理由
「行動計画」の章には、「理解促進」「意識向上」という言葉が多用され、そのための「人権教育・啓発」という脈絡になっている。それだけでは、従来から実施し、効果的とは言い難い啓発活動を「引き続き」実施することにほかならない。
(3)人権を尊重する企業の責任を促すための政府による取組
ア. 国内外のサプライチェーンにおける取組及び「指導原則」に基づくデュー・ディリジェンスの促進 (p16)
・意見内容
人権デュー・ディリジェンスの実施を日本企業にさらに促すためには、従来の政府の取組だけでは不十分で、企業による人権尊重の取組みを促す仕組みを整備するための新しい法律の制定が必要である。
・理由
(3)アに記述されているのは、これまでの政府の取組みの列挙にすぎない。「政府が、その規模、業種等にかかわらず日本企業が、人権デュー・ディリジェンスのプロセスの導入を期待する」(p20)のであれば、現在の取組みでは不十分であり、新たな法制度整備が求められる。 企業における労働搾取の防止の観点からは、イギリスの「2015年英国現代奴隷法」の例のように、自社やサプライチェーンにおいて現代の奴隷労働(労働搾取)が行われていないことを確認・報告するような法制度の整備も検討されたい。その際のサプライチェーンには、海外のみでなく日本国内の製造業、農業、建設業など、外国人労働者が雇用されている事業所も含むべきである。
(4)救済へのアクセスに関する取組(p18)
・意見内容
「具体的な措置」として、パリ原則に基づき政府から独立した権限をもつ国内人権機関を設立するという方針を据えること。また、人権条約で保障された権利を侵害された個人が、国連の条約機関に訴え、自分が受けた人権侵害の救済を求めることができる個人通報制度を早急に受諾するという方針をあげること。
また、権利侵害を防止するために民族や国籍などさまざまな事由に基づく差別禁止法の制定を方針とすべきである。
・理由
国内人権機関の設置、個人通報制度の受諾、差別禁止法の制定について、日本は国連の人権条約諸機関から再三再四にわたり勧告を受けている。人権条約に基づいて策定された「国連ビジネスと人権に関する指導原則」を実施するための行動計画にとって、上記の三課題の実現は必須事項である。
<具体的な措置>
(イ) 警察官・検察官等に対する人権研修 (p19)
・意見内容
労働基準監督署においても労働搾取の人身取引の認知が進むよう、労働基準監督官への人身取引対策の増進における研修を根本的に見直すべきである。
・理由
「任期5年目程度の労働基準監督官を対象とし、毎年実施される研修において人身取引をテーマとして取り扱う講義を行っており、引き続き人身取引対策の増進における労働基準監督機関の役割などについて理解を促していく」とあるが、これではまったく不十分であり、研修内容、対象、頻度についての根本的な見直しが必要である。日本における人身取引被害者の認知の大多数が性的搾取の被害者であり、労働搾取の人身取引被害者の認知は、毎年わずか数件にすぎない。この背景には、労働基準監督署において人身取引被害者の認知を行う仕組みが存在しないことや、労働基準監督官への人身取引に関する理解の不足があり、早急に取組むことが必要である。
<第4章 行動計画の実施・見直しに関する枠組み>(p20-21)
・意見内容
行動計画の実施状況に関して、「ステークホルダーとの対話の機会を設ける」だけでなく、「外国人労働者の参加を含む多様なステークホルダーによる評価委員会を設置」して、効果的な評価をめざす必要がある。
見直しは、5年後でなく3年後とすること。
・理由
実施の評価には、権利を侵害された、あるいは侵害されやすい外国人労働者をはじめとするマイノリティ当事者の参画が重要である。
ビジネス環境は近年目まぐるしく変化していることから、人権への影響に関してきめ細かくチェックする必要があるため。
<技能実習制度に関連して>
1.意見内容
技能実習制度に関しては、かつてから様々かつ深刻な人権侵害の存在が明らかになっており、国内ばかりでなく国連の各人権関係委員会や米国国務省等からも問題指摘を受け続けているのが現状である。こうした状況及び技能実習法の限界を踏まえ、下記のとおり提案する。
(1)技能実習制度の実情及び技能実習法の限界を踏まえ、廃止も視野に入れた抜本的な検討をすること。
(2)当面、同制度の根幹的な問題点を克服するため、多額の債務の排除、転職の自由の制限緩和、強制帰国の防止を実現すること。具体的には、①仲介業者を排除して、二国間協定により政府間で募集・採用を実施すること、②実習先変更の要件を緩和するとともに、実習先変更が容易となる環境を整えること、③強制帰国の禁止を技能実習法に明記するとともに、罰則規定を設けること。
(3)国内外のサプライチェーンにおける技能実習生を含む外国人労働者の人権を保護するため、人権デュー・ディリジェンスの実施を強力に促すとともに、一定規模以上の企業等にはそうした方針の確立及び取組み状況の公表を義務づけることも検討すること。
(4)中長期的に外国人労働者政策の全体構想を検討する場を設置すること。
2.理由
ビジネスと人権NAP原案では、技能実習制度に関して、第2章 2.分野別行動計画の(1)横断的事項、及び(4)救済へのアクセスに関する取組において触れられている。また、サプライチェーンや人権デュー・ディリジェンスに関しては、(3)人権を尊重する企業の責任において言及されている。
残念ながら、いずれも既存の政策を繰り返すものにとどまっているが、同制度の現状は深刻であり、抜本的な見直しが必要とされている。以下、同制度の根幹的な問題点に触れながら、その克服のためには、外国人労働者政策全体を見据えた検討が必須であることを指摘していく。
(1)技能実習制度の根幹的問題
技能実習制度は本来、技能等の移転を目的としているが、実態としては、人手不足の企業等にとっての労働力対策となっている。その結果、厚生労働省の「外国人雇用状況」の届出状況によれば、2019年10月末の外国人労働者数が166万人ほどに増加している中、在留資格別では、永住者や留学生アルバイトを抜いて技能実習が最も多く38万人を超えており、前年比で7.5万人もの急増となっている。
こうした傾向は、労働力不足対策として設けられた新たな在留資格「特定技能」で在留するものの中で、元技能実習生の比率が極めて高いことにも示されており、現に、同年12月末の出入国在留管理庁のデータでは、在留する特定技能外国人の9割超が技能実習ルートとなっている。しかも、技能実習から特定技能に移行する際には、技能等の移転のために一時帰国をすることも不要とされており、制度本来の趣旨が歪められている。
他方、技能実習生が来日までに要する費用は極めて高額であり、年収の数年分になることも珍しくなく、それを借金で支払うことが多いことから、その多額の債務が技能実習生の人権保護及び権利行使を阻害する重石になっている。また、同制度は、技能等の移転を目的とするため同一の実習先で継続して就労する制度となっており、問題があっても技能実習生が声を上げづらい状況を生み出している。さらには、技能実習生が権利主張したり居住環境について不満を述べたりすれば、強制帰国、すなわちその意に反して帰国させるという威嚇が行われたり、実際に帰国させられるという現実もある。
このような同制度が孕む根幹的な問題があるため、その結果として、低賃金労働、賃金不払い、暴言・暴行を含むパワハラ、性的暴行を含むセクハラ、妊娠・出産の抑圧、除染・被曝労働の強要等の不適正あるいは違法な現象が発生している。
技能実習法の施行に伴い外国人技能実習機構が設置され、その予算・人員の拡充も図られているが、その対応は現象面にとどまり、制度の根幹的部分に対しては有効に機能していない。また、2018年度における技能実習生から同機構への「申告」はわずか90件に過ぎず、「救済へのアクセス」はとても十分とは言えない。
(2)問題克服のために考えられる施策
技能実習制度の問題点を克服するためには、多額の債務の排除、転職の自由の制限緩和、強制帰国の防止が不可欠である。
まず、多額の債務をなくすには、国をまたがる労働力移動において必要となっている国外・国内の仲介業者を排除することが必要である。そのためには、技能実習生の募集・採用を政府間で行う制度とすることが有効である。現に、韓国では、二国間協定により政府間で募集・採用を実施することにより仲介業者の排除を実現しており、参考にすべきである。
次に、転職の自由の制限緩和をするためには、人権侵害や契約違反、労働環境の劣悪さ等を理由とした転職を容易にする方策が採られるべきである。具体的には、実習先変更の要件を緩和するとともに、実際に実習先の変更が容易となるよう、受入れ可能な実習先リストを充実させ、その情報に技能実習生がアクセスし易い環境を整えることが必要である。
さらに、強制帰国の防止のためには、強制帰国の禁止を法律に明記するとともに、罰則規定を設けることが必要である。また、もし強制帰国が現実に行われようとした場合に、そのことを通報しやすい体制、また緊急対応できる体制を、主務省庁及び外国人技能実習機構が連携して整備することが求められる。
他方、制度の適正化は、主務省庁及び外国人技能実習機構による規制だけでは点による管理にとどまり十分なものとはならないことから、サプライチェーンにおいて影響力を有する各業界を代表する企業等が、「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく人権デュー・ディリジェンスを実施することにより、取引関係を通じて人権を尊重する企業の責任が果たされるとともに、技能実習生の権利保護に貢献できるものと考える。これを具体的に進めるため、一定規模以上の企業等にはそうした方針の確立及び取組み状況の公表を義務づけることも検討すべきである。
同時に、以上の取組みを推進しても技能実習制度の根幹的な問題の克服は容易でないと考えられることから、同制度の改善にとどまらず、その廃止も含む外国人労働者受入れ政策の抜本的見直しを視野に入れた検討も必要である。
(3)外国人労働者政策に関わる全体構想の必要性
現在、日本社会における人口減少は不可避の問題であり、景気変動を超えた労働力不足として顕在化している。そのため、労働力不足は長期的な課題となっており、技能実習制度が現実的な選択肢として機能していることも否定できない。また、新たな特定技能による労働力不足への対応が伸び悩む一方、技能実習での受入れは急増しており、その背景にある国をまたがる労働力移動に伴う構造的な問題も念頭におくべきである。
従来の社会実態に見合わないツギハギ的な外国人労働者政策の限界と日本社会の現状を正面から見据え、外国人労働者受入れの不可避性を前提に、人権侵害なき受入れを実現することが求められている。そのためには、技能実習制度や特定技能など期間を限定するローテーション政策から、移民政策、すなわち日本社会に外国人を迎え入れ、日本社会の一員として遇する包括的かつ中長期的な政策に転換することが必要である。そのことは、外国人労働者に長期的に働ける、また家族を帯同できるという選択肢を付与することにつながるばかりでなく、受け入れる企業等にとっても経済的な合理性にそうものとなりメリットは大きいと考えられる。ひいては、日本社会の人口減少を少しでも緩和することになろう。
こうした外国人労働者政策の転換とともに、共生社会を実現するための双方向の社会統合政策、人種差別撤廃法の制定、パリ原則にそった国内人権機関の創設等も課題となろう。
(4)どのような議論の場を考えるべきか
こうした大きな政策転換を実現し推進するためには、中長期的に外国人労働者政策の全体構想を検討する場の設置が必要不可欠であり、また在留外国人を含む多様な人的構成により日本社会全体の合意形成を図らなければならない。そこには、外国人当事者の団体、当事者の状況をよく知る支援団体・NGO・労働組合等及び経済団体等のステークホルダー、また労働政策・経済財政政策・外国人労働者政策・社会統合政策等に関する専門家などの参加が必要であろう。