放送では、「これまで保険料を払ってこなかった外国人が、日本の皆保険制度を利用して、高額な医療を安く受けるケースが相次いでいる。保険証の入手法を指南する業者までいる。誰もが公平に保険料を負担することによって維持されている日本の医療保険制度が、外国人が病気になったときだけ来日して、保険に加入して治療を受けるようなことが相次ぐと、公平性が崩れ、制度への不信感が高まることになる。」と伝えています。
移住連では、この放送が、事実誤認や制度への無理解あるいは恣意的な情報操作のもとに制作されたものと考え、謝罪と撤回を求めます。以下、問題点を具体的に説明します。
1.偽りの手段で在留資格を取得し、高額治療を受けているケースは本当に増えているのか
放送では、外国人が国民健康保険に加入して半年以内に80万円以上の高額な治療を受けたケースが、1年間に1,597件あったということを報道しています。
この調査は、「平成29年3月13日保国発第0313第1号」通知に基づき実施された国民健康保険のレセプト全数調査によるものですが、移住連が2017年の省庁交渉で得た厚生労働省の資料によれば、「不正な在留資格による給付である可能性が残るもの」はわずか2名(他に出国により確認できなかったものが5名)しか確認されていなかったことがわかっています。同資料にもある通り、外国人年間レセプト総数(推計)は14,897,134件ですから、単位の違いはあるにせよ、「偽りの手段で在留資格を取得し、高額の治療を受けている」事案はほとんど確認されなかった、ということになり、このことは厚生労働省も「平成29年12月27日保国発第1227第1号」通知において、はっきりと認めています。
にもかかわらず、同省は、この12月27日通知に基づき「在留外国人の国民健康保険適用の不適正事案に関する通知制度」の試行的運用を、全国の自治体に求めました。(放送では、東京都葛飾区が、「外国人の国保ただ乗り」を危惧して独自実施したかのような印象を与える内容となっていますが、実際は国の通知によるものです)
放送があった翌7月24日、移住連は厚労省との協議において、同通知に基づき自治体から不適切事案として入国管理局に通知した件数は、7月10日現在で7件(調査中のケース1件)でしたが、いずれも資格要件に問題はなく、在留資格取消し手続きが開始されたものはない、との回答でした。
放送では、上記「1,597件」についてはボードまで用いて強調しながら、結論として厚生労働省が明示しているわずか「2名」(「不正な在留資格による給付である可能性が残るもの」)という数字は一切伝えていません。試行運用状況についても、放送では一切触れていません。にもかかわらずNHKの山屋智賀子記者[2]は、「不正な在留資格による給付である可能性が残るもの」を「はっきりと偽装滞在で、違法の疑いがあると確認できたケース」にすりかえ、2名を「数件」と表現しています。
また、外国人の患者が多く訪れる国立国際医療センターへのインタビューについても、同院が独自に調査した「保険証を取得したいきさつに疑問のある患者が140人」という結果も、その基準は明らかにされていませんし、あくまでも治療の必要性から聞き取った内容をもとに、在留資格の正当性を類推するのは無理があります(在留資格の正当性を調べるために聞き取りを行っていたとすれば、それもまた医療倫理上大きな問題です)ので、この140人という数字によって「外国人ただ乗り」が実証されたことにはなりません。
以上の事実からもわかるように、この放送では「偽りの手段で在留資格を取得し、高額の治療を受けているケース」の存在を実証できていないにもかかわらず、外国人があたかも高額な給付を受け取ることを目的として偽装滞在しているかのような偏見を視聴者に植え付け、在留外国人に対する差別意識を助長する内容となっています。
放送では、法務省入国管理局の曽我哲也審査指導官は、「仮に高額な医療を受けていたからというだけでは、偽り、その他不正の事案がなければ在留資格を取り消すことはできない」と述べています。「偽り、その他不正の事案がなければ在留資格を取り消すことはできない」のは当然ですが、問題はその洗い出しを、自治体の国民健康保険(国保)の窓口に行わせている、という事実です。
国民健康保険法第113条[3]に定められた「文書の提出等」は、被保険者資格、給付、保険料に関して必要があると認める場合に限られています。したがって、在留資格の正当性を証明させる資料の提出を求めたり、質問をしたりすることは、同法113条の規定に基づく職員の権限を逸脱しています。また、国保窓口の職員のほとんどは、入管法や在留資格に関する正確な知識を有しておらず、場合によっては、何の問題もない被保険者が不当に資格の正当性を疑われることになり、国民健康保険制度の適切な運用に、かえって支障をきたす恐れさえあります。
また、個人情報の保護に関する法律第16条[4]には、本人の同意を得ることなく、あらかじめ特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱うことを禁止しています。さらに、同条第3項には、法令の定める事務遂行上協力する必要があり、本人同意を得ることが事務の遂行に支障を及ぼす恐れがある場合については、目的外利用の禁止を適用しない、とされていますが、「偽装滞在している可能性が高い」ことだけをもって目的外利用の理由とすることは、個人情報保護法の規定を逸脱しています。
くわえて、こうした調査が実施されていることについて、対象となる外国籍住民に知らされることなく、しかも医療・福祉を提供する窓口で行われていることも大きな問題です。
堀(真奈美)氏は番組の最後でこのように述べています。
[1] https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4162/
[2] 上記URL上には「山屋智賀子記者」と掲載されているが、同テーマを扱ったNHK「おはよう日本」2018年7月27日(金)放送「医療保険制度 相次ぐ不正利用」、同番組2018年3月30日(金)放送「医療保険制度“日本で安く治療”実態は…」の番組ウェブサイトでは「山屋智香子記者」とある。
[3] 第113条 保険者は、被保険者の資格、保険給付及び保険料に関して必要があると認めるときは、世帯主若しくは組合員又はこれらであつた者に対し、文書その他の物件の提出若しくは提示を命じ、又は当該職員に質問させることができる。
[4] 第16条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。