国連総会は、国連機関および関連専門機関に対し、 すべての公的文書において「無登録の」あるいは「非正規の」移住労働者という用語を使うよう要請する。 国連総会「すべての移住労働者の人権を確保するための方策」 決議(1975年12月9日)
日本では、在留資格のない移民をさして「不法滞在者」や「不法残留者」いう表現がよく使われます。海外では、1975年の国連総会決議に基づき、「irregular」(非正規)あるいは「undocumented」(無登録、未登録、書類のない)といった表現が一般的です。正規の在留資格をもたずに日本に滞在するのは行政法の範疇に属する「違反」です。そのため、そのことを理由に「不法」とするのは不正確であり、「非正規滞在」などと表現するのが国際標準です。「不法滞在(者)」ではなく、例えば「非正規」「無登録」「在留資格のない」などの表現を使いましょう。
国連総会は、国連機関および関連専門機関に対し、 すべての公的文書において「無登録の」あるいは「非正規の」移住労働者という用語を使うよう要請する。 国連総会「すべての移住労働者の人権を確保するための方策」 決議(1975年12月9日)
2004年のILO総会で採択された「グローバル経済における移住労働者の公正な扱いに関する決議」では、「非正規の地位」「非正規状態の労働者」と表現されている。
EUの諸機関とEU加盟国に対し、非常にネガティブ なニュアンスのある「不法移民」という用語の使用をやめ、代わって「非正規」あるいは「無登録の労働者/移民」という用語を用いるよう要請する。 EU内の基本的人権状況に関する欧州評議会決議(2009年1月 14日)
AP通信社などいくつかの報道機関は、行動ではなく人物に対して、一律に「不法」というレッテルを貼るのは正確さに欠けるという判断から、2013年より「不法移民」という言葉の使用を禁じている。
2019年4月、バイデン政権は関係機関に対し、「不法移民」ではなく「無登録移民」という呼称を使うよう指示した。より人道的な移民政策をめざす改革の一環。
移民難民局は2017年以降、アメリカから越境入国して難民申請する人を「非正規入国者」と呼んでいる。入国手段自体は不法だが、カナダの移民難民保護法では、難民審査が終了するまでは法違反者とみなすことが禁じられているため。
正規の在留資格をもっていないこと、それは行政法の範疇に属する「違反」にすぎません。人間を傷つけたり財産を奪ったりするような「犯罪」ではないのです。例えば、車で交通違反をした人には反則金が課せられるなどの処分があっても、その人の生活の権利すべてが奪われることはありません。また違反者には再び違反をすることがないよう、講習を課したうえで、運転が認められています。
入管法も同様で、正規の在留資格をもっていないという理由で「不法」と呼ぶのは不正確です。
そもそも法違反とは特定の行為が法にふれたことを意味するのであって、移民の存在自体を「不法」と形容する「不法滞在者」や「不法移民」という呼び方は不正確です。またその呼び方は、彼らが生活者としてこの社会に暮らしている事実を見えなくし、また彼らの尊厳を奪う点で有害ですらあります。
在留資格をもたない移民・難民を「不法」とし、「犯罪者」とみなすことは、「非正規滞在」を作り出している法制度や政治の不公正という問題から市民の目をそらせがちです。例えば、1980-90年代にかけて、多くの非正規滞在者が日本社会で働き、人手不足の職場を支えていました。当時は入管をはじめ日本政府は彼らの存在を黙認していました。しかし「犯罪者」とみなすことは、こうした歴史的事実をなきものとし、「非正規滞在」状態を彼らのみの責任に課すことにつながります。
また、特定の移民・難民を「不法」とみなす認識は、外見や民族、宗教などが異なる人にたいする不信感や差別意識を助長し、人種差別や排外主義、ヘイトクライムを引き起こしたり、社会の分断を深める危険もあります。
国際法のもとでは、すべての人が国籍国を出国する権利をもちます。また、国境にたどり着いた人びとは、人権を保障されるべき存在です。国家には在留資格にかかわらず、その管轄下にあるすべての人の人権を保障する義務を負うことが自由権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)にも規定されています。にもかかわらず、在留資格をもたない人に、非常にネガティブなイメージのある「不法」というレッテルを貼ることは、彼らを脆弱な位置に追いやり、搾取や虐待、人身売買など不当な扱いにさらす危険もあります。
正規に日本で暮らしていたものの、何らかの理由で在留資格の更新や変更が認められず、在留資格を失った人がいます。そのなかには、家族のつながりなどを理由に帰国できず、滞在を続ける人がいます。
日本では難民認定基準が狭いため、出身国や出身社会で迫害にあっても難民として認められず、在留資格を失う人もいます。また難民認定の審査に時間がかかるため、「仮放免」(有効な在留資格がないものの収容が一時的に解かれている状態)のまま何年も結果を待っている難民申請者もいます。
日本で生まれ育っても、このような子どもたちは自動的に親と同じ非正規滞在者となり、様々な権利の侵害や不利益を受けます。
多大な借金をして来日し搾取やパワハラ、セクハラなど人権侵害にあい、職場から逃げた技能実習生もいます。技能実習生の場合、原則として転職が認められていないため、こうした職場から逃れ、別の職場に移った場合でも「非正規滞在」となってしまいます。
在留資格がない移民や難民も地域に暮らす住民であることに変わりなく、住民として基本的な行政サービスを利用することができます(総務省「入管法等の規定により本邦に在留することができる外国人以外の在留外国人に対して行政サービスを提供するための必要な記録の管理等に関する措置に係る各府省庁の取組状況について(通知)」、2021年8月10日)。なお、必要な行政サービスを行うにあたって、入管への通報が支障になる場合は、通報よりもサービス提供を優先して問題ないとされています。(法務省総第1671号、2003年11月17日)
「なぜ「不法滞在者」や「不法移民」と呼ぶのはダメなの?」にもある通り、人々が「非正規滞在」になってしまう背景には法制度の不公正や不備があります。さまざまな経緯によって在留資格がないまま日本に暮らす移民・難民の多くは、生活が長期化するなかで、この社会に生活基盤を築いています。日本生まれの人さえいます。そうした事情を考慮せず、在留資格がないという理由だけでこうした人々を「ホーム」である日本から強制送還するのは人権侵害です。法務大臣が裁量によって個別に在留を認める「在留特別許可」や、多くの移民受け入れ国が採用しているアムネスティを実施し、生活基盤のある場所で安定して暮らせるようにすることが人権を重視する民主主義国家のとるべき方策です。
「不法滞在」と呼ばれている人びとのなかには、日本で難民と認められず、その間に在留資格を失ってしまった人が数多くいます。一方、日本の難民認定基準は非常に厳しいことで知られています。国際基準にもとづいた難民認定を行い、難民に安定した在留資格を認めることが重要です。
犯罪を理由に在留資格を失う場合もありますが、そもそも、この取り扱いは刑期満了後、さらに在留資格を取り消すという、二重に処罰を科すもので、人権上も人道上も問題です。
また、国際的な犯罪防止を掲げた2021年国連犯罪防止刑事司法会議の京都宣言において、再犯防止に向けて雇用機会の確保とコミュニティで引き続き更生する環境の必要性が明記されています。犯罪を犯した際、それを理由に在留資格を取り消し、強制的に送還するのではなく、罪を償った後も引き続き生活基盤のある日本で生活し、仕事ができるよう法制度を整えることが重要です。
このパンフレットはPICUMによる「Words Matter」(言葉は大切である)キャンペーン(https://picum.org/words-matter/)を参考に作成しました。