この記事では、
①無保険外国人には医療費を1点=10円ではなく20〜30円で計算し、高額請求する事例が増えていること
②その背景には経済成長戦略にもとづいた「医療ツーリズム」があること
③「医療ツーリズム」の対象は医療目的の訪日外国人などだが、医療現場では在住の外国人も混同されていること
④無保険外国人を医療から排除している現状は、1981年批准の難民条約の内外人平等原則に反すること
を指摘します。
チュニジア人男性のAさんは、2021年に宗教上の問題で迫害を受けたことから命の危険を感じて出国しました。ビザの申請なしに入国できるという理由だけで、短期滞在(90日)の在留資格で入国でした。短期滞在の在留資格の外国人は健康保険に加入する資格がないため医療を受けることができません。Aさんは過去に甲状腺の摘出手術を受けているため定期的な受診が必要です。しかしこの状況の元で半年以上受診することができませんでした。難民申請の手続きはしましたがすぐに支援を受けることはできず、生活は困窮し2日間何も食べることができなくなり神戸市内の教会を訪ねて保護を求めました。発熱がありコロナ感染症を疑われたため、総合病院を受診しました。病院は、コロナ感染症の検査費用を除いた医療費の3倍の金額153,660円を請求し、同行した支援者が立て替えて支払いました。
カメルーン人男性のBさんは、12年前に家族滞在の在留資格で家族と共に入国しました。以来日本で仕事をする一方HIV感染症の治療も受けてきました。2021年2月の在留資格更新時期に保証人が更新手続きに協力しない意思を示し、他に保証人を探すこともできずに時間が経ち在留資格が切れました。在留資格がなくなったことにより国民健康保険の加入資格を失い、HIV診療の医療費を補助していた自立支援制度と身体障害者手帳の資格も喪失しました。抗HIVウイルスの薬は高額であり医療保険や補助がなければ月額20-25万円になります。そのためBさんは、半年間服薬することなく祖国から漢方薬を取り寄せて免疫を維持する努力をしましたが、お金が底をついてNGOに助けを求めました。HIVの治療は、抗ウイルス薬を毎日服薬することでウイルスを抑えることができます。服薬を中断することはエイズ発症につながるため、大阪市内のエイズ拠点病院を受診してこれからの方法を相談しようとしましたが、保険がない外国人は保険点数1点=20円計算であるという理由で受診することができませんでした。
2016年頃に国は、「医療」を経済成長戦略と位置づけ、来日する訪日外国人を受け入れる医療機関が損をしないよう健全な経営を保障することを優先課題とした考え方の中で、日本の保険制度に加入していない訪日外国人の診療価格を計算しました。厚生労働省は、「訪日外国人の診療価格算定マニュアル」をホームページで公開しています。このマニュアルは、日本で先端医療を受けることを目的とした医療ツーリズムで来日する訪日外国人を対象としています。日本に生活拠点を持たない外国人を診療する際にかかるコストを診療、通訳、コーディネート、事務、研修などの項目で算出し、日本人患者に比べて多くかかる人数や手間そしてリスクを合計すると日本人患者の2.29倍から4.8倍余分にかかるという結論を示しています。
この情報は、医療機関や関連する協会を対象とした研修などを通して全国に発信されています。無保険の訪日外国人の受け入れ基準の制定は各医療機関が独自に決めていますが、総合病院では1点=20円という方針を決めている病院が多く大学病院では1点=30円という方針の医療機関もあります。この中には市民病院などの公的機関も含まれています。
● 厚生労働省が公表している「診療価格算定マニュアル」の中で対象となっているのは医療ツーリズムの目的で来日する訪日外国人であり、観光など一時的目的で滞在する人です。日本に居住している在日外国人は住民であって日本の医療制度の中で生活している人です。しかし医療現場では、保険に加入していない外国人を全て「外国人」として扱っています。在日外国人の中には保険に加入したくてもできない難民申請者がいます。また学費が払えないために退学せざるを得ない留学生や失職した人は、在留資格を失い保険加入の資格を失い健康保険の加入資格も失います。一方日本の皆保険制度を知らずに保険に加入せず病気の時には全額支払っている人もいます。このように様々な理由により公的保険に加入していない在日外国人がいます。この人たちを訪日外国人と一緒にして「無保険外国人」とすることは無謀としか言いようがありません。
● 無保険外国人を医療から排除するこの方針は、日本が1981年に批准している難民条約の内外人平等原則に反します。日本に暮らす在日外国人が日本人と同じように医療を受けることを保障することが国の責任です。また難民申請者を保護する責任を担う国は、医療の提供は最低限行うべきことです。
● 医療を必要とする在日外国人をさらに排除することは社会の安全、文化的生活のいずれにも反し、当人たちを追い詰めるだけです。
● 在日外国人に対して日本の医療制度の説明は不十分です。皆保険制度により公的保険への加入が義務であることを外国人に周知する公の方法はありません。公的保険に加入しないとどのような結果になるのか、などの情報提供も提供されていません。医療が必要な時になって何もわからないまま診療拒否を経験することは、納得できることではなく在日外国人が医療につながることを阻む壁だけが立ちはだかっています。
困窮する仮放免者の命と生活を守るために、署名のご協力をよろしくお願いいたします。