この記事では、
①11月に行われた医療相談会に医療を受けられない外国人が殺到したこと
②その背景には国民健康保険や生活保護からも排除されているという状況があること
③そうした外国人の命と健康を「無料低額診療事業」が繋ぎとめていること
④しかし、外国人の命と健康を守る「最後の砦」の無料低額診療事業の継続はもはや限界であること
⑤外国人の命と健康を守るためにも、国は困窮する外国人を受け入れる医療機関に財政的保障を行うこと
を指摘します。
2021年11月3日、東京の四谷にある教会で、外国人支援団体が主催する外国人向けの医療相談会が行われました。60名を定員としていましたが、当日集まった外国人は約140人。想定の2倍以上でした。
https://mainichi.jp/articles/20211103/k00/00m/040/182000c
https://www.tokyo-np.co.jp/article/140749
こうした医療を受けられない困窮外国人は日本全国にいます。
国民健康保険など医療保険に入っていると原則3割の負担で治療を受けることができます。しかし、在留期間が3か月以下の外国人や在留資格を持っていない外国人は国民健康保険に加入できません。つまり、治療費が全額自己負担の100%になるということです。筆者の計算では、こうした状況にある外国人は約12万8000人いると考えられます(※1)。
国民健康保険に加入できず、全額自己負担を強いられる場合、日本人であれば生活保護という選択肢もあります。しかし、生活保護を受けられる外国人は限られています。筆者の計算では、総在留外国人のうち49%、143万24人の外国人が生活保護を受けることができない状況です(※2)。
このように多くの困窮外国人が医療を受けられずに苦しんでいます。そうした中、一部の医療機関が実施する「無料低額診療事業」によって命や健康を繋ぎとめることができている外国人もいます。
「無料低額診療事業」とは、読んで字のごとく、生活困窮者が経済的な理由によって必要な医療を受ける機会を制限されることのないように、無料または低額な料⾦で診療を行う事業のことです。その対象は医療機関ごとに決められていますが、外国人を対象としている医療機関もあります。
https://www.min-iren.gr.jp/?p=20135
国民健康保険や生活保護からも排除されてしまい、無料低額診療事業を実施する病院が受け入れてくれていなければ、その人の命と健康は途絶えていただろうというケースを多く目の当たりにしてきました。無料低額診療事業は実質的に困窮外国人の命と健康を守る「最後の砦」となっているのです。
◇「最後の砦」が崩れ始めている
コロナによって日本人・外国人の困窮者が増加している現在、こうした無料低額診療事業の必要性が高まり、無料低額診療事業を利用する受診者数が増加しています。
https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/423471
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210901-OYTET50000/
しかし、コロナによる経営悪化から無料低額診療事業の実施が厳しくなりつつあります。
全国福祉医療施設協議会が実施した「令和2年度 新型コロナウイルス感染症にかかる無料低額診療事業等への影響等に関するアンケート調査」によると、医業収益について、減少と回答する施設が5月期において入院で76.3%、外来で91.1%となっており、6月期には比率は下がっているものの、いまだ6割近い施設の収益が減少となっていることが明らかになりました。また、ある医療機関は無料低額診療事業を継続するためにクラウドファンディングを実施しました。寄付頼みの状況になっているということです。
こうした経営悪化という背景から、「無料低額診療はどこも生活困窮者で手一杯となり、外国人の診療が断られてしまうケースが目立ってきている」という事態が生じてきています(長澤氏)。外国人の命と健康を守る「最後の砦」が崩壊し始めているのです。
http://www.zenkoku-iryokyo.jp/
◇数百万を超える医療費、無料低額診療事業だけではもう限界
そうした無料低額診療事業の現状について、無料低額診療事業を実施する病院の医療ソーシャルワーカー、柳田月美さんに話を聞きました。
南アジア出身の30代男性。腎臓機能が異常であることが判明し、透析医療ができる病院への救急搬送が必要と判断。彼は⺟国で命の危険を感じ、妻と共に短期ビザで⼊国。貯⾦は底をつき、知⼈の⽀援を受けることで何とか生活を維持していた。また、彼は難⺠申請中で国⺠健康への加⼊資格はない状態だった。A病院のソーシャルワーカーが、無料低額診療事業で受け入れてくれる医療機関を探すが、7〜8ヶ所の医療機関に断られてしまった。最終的に、県をまたいで柳田さんが勤める病院で受け入れることに。緊急透析を要する状態で命の危険があることから、救急⾞が到着してすぐに透析医療を開始。その後、彼の命は助かり、現在、週3回の外来透析を受けている。柳田さん、「この時に受け入れてくれる医療機関がなかったら、彼の命はどうなっていたのかという状況だった」。
幸いにも彼の命は助かりました。しかし、ある問題が残りました。医療費については無料低額診療事業の活⽤で全額無料になった一方、病院側の負担は約350万円に上りました。この350万円の医療費の補填はどこからもありません。病院が負担しなければなりません。
こうした状況を踏まえて、柳田さんは「当院における2020年度の無料低額診療事業の利用の5割が無保険の外国人、それは減免額全体の76%を占めている。無料低額診療事業の医療機関としては、外国人であっても医療費の減免を目指したいが、もはや一民間医療機関だけでは賄える状況ではない。医療機関が経営的に苦しくなっている中で、無料低額診療事業を実施している病院でも、『これ以上、保険に加入していない外国人に対する無料低額診療事業の活用は困難だ』という他の医療機関の声も聞いている。無料低額診療事業だけで外国人の医療を支えるのはすでに限界だ」と指摘しています。
こうした問題は全国各地で起きています。関東のある病院の医療ソーシャルワーカーの話です。今すぐに手術をしないと死んでしまう外国人が救急車で運ばれてきた。断ることはできない。幸いにも命は助かったが、病院側の負担は数百万円に上った。こういうことが頻発したら病院の経営は持たない。同時に、命を救うために受け入れを決め、病院に数百万円の負担を負わせることになったソーシャルワーカーは、経営と命の間の板挟みにあい苦しい立場に立たされている。「これではソーシャルワーカーは仕事ができなくなりますよ。本来は上の問題。善意あるソーシャルワーカーはみんなそういうふうにして苦しんでいる」。
無料低額診療事業を実施している医療機関は医療機関全体の0.4%(703か所:2018年現在)。この事業を実施している医療機関は法人税などが優遇されますが、無料低額診療事業を実施している医療機関からは「当院のような社会福祉法人などはもともと非課税となっている法人なので、新たな優遇を受けることはありません。そのため、医療機関の経営を圧迫しかねないんです」という訴えもあります(https://nikkan-spa.jp/1783608/2)。このような病院は持ち出しで外国人の命を支えているのです。
こうした状況下においても、善意のある医療機関は国民健康保険や生活保護から排除されている外国人を受け入れ続けています。しかし、それはもう限界です。善意のある病院だけに負担を押し付け、責任を丸投げをしてはいけません。外国人の命と健康を守るためにも、今まさに「公助」が必要です。
そこで、私たちは、国に対して、国民健康保険や生活保護から排除され生活に困窮する外国人の医療を保障するために、これらの人たちを受け入れる医療機関への財政的保障を求めます。詳細は以下のリンクをご参照ください。
https://www.change.org/EmergencyMedicalAid
この要望に沿って国が対応すれば、多くの困窮外国人の命と健康が守られます。そして、医療にかかれず苦しんでいる外国人の為にも、今すぐにこの対応がなされなければなりません。
困窮する仮放免者の命と生活を守るために、署名のご協力をよろしくお願いいたします。
※1 総在留外国人数(292万8940人:2020年末現在)から在留外国人数(288万7116人:同上)を引いて、超過滞在者(8万2868人:2021年1月1日現在)と仮放免者(3061人:2020年末現在)を足した数(12万7753人)。上記以外の外国人も国民健康保険の対象・対象外となる場合があります。詳細は、移住者と連帯する全国ネットワーク編(2019)『外国人の医療・福祉・社会保障 相談ハンドブック』明石書店、をご覧ください。
※2 生活保護の準用措置の対象となる外国人は、特別永住者(30万4430人:2020年末現在)、永住者(80万7517人:同上)、日本人の配偶者等(14万2735人:同上)、永住者の配偶者等(4万2905人)、定住者(20万1329人)など。詳細は以下のリンクをご参照ください。 https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-223-21-08-g853
※この記事は2021年10月7日に行われた記者レクでの柳田月美氏報告、その他資料、取材をもとに大澤優真(署名活動事務局・北関東医療相談会)が作成しました。