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2019.09.23 ブログ

海外の動きー英国マンチェスターにおける共生の模索(Mネット2019年4月号)

2018 年5月22 日、イギリスのイングランド北西部にあるマンチェスターにおいて、前年の同日に発生したマンチェスター・アリーナにおける爆破テロ事件の犠牲者22 名の死を悼む大規模な追悼集会が開かれた。英国国教会のマンチェスター大聖堂を中心に行われた追悼式典には、ウィリアム王子、メイ首相(保守党)、コービン労働党党首をはじめとする多くの要人や一般市民が参加した。
 米国の人気歌手アリアナ・グランデのコンサートの最中に起こったこのテロ事件は、負傷者も100 名をこえる大惨事であり、世界中に大きな衝撃を与えた。事件は、カダフィ政権下のリビアを逃れてイギリスへ移住した難民の家庭で育った、地元出身の22 歳の若者が単独で実行したものであった(実行犯自身も爆破の際に死亡)。
 追悼集会の式典には、キリスト教・ユダヤ教・イスラーム・ヒンドゥー教・シク教などの各宗教コミュニティの代表者たちが参加してメッセージを述べた。その中では、憎しみや怒りを想起させるような表現は用いられなかった。集会の至る所で、潜在的な「敵」
を創出することの危険性への配慮がなされていた。そこには、多様性を誇りとする、マンチェスターのリベラルな地域性が強く反映されていたように思われる。
 その一方で、追悼集会の参加者の大半はいわゆる「白人」たちであり、アジア系やアフリカ系の参加者はごくわずかだった。人種・エスニシティや宗教等にもとづく各コミュニティのあいだには、簡単には超えられない境界線も存在している。
 本コラムでは、地域社会における共生を模索し続けているマンチェスターの現在の取り組みについて、とくにヘイト・クライム対策やテロ対策を中心に紹介したい。なお、執筆に際しては、地元紙『Manchester Evening News』をとくに参照した。

マンチェスターの歴史と現状

 産業革命の時代に織物産業によって繁栄した工業都市マンチェスターは、19 世紀から労働者による運動が盛んだった。エンゲルスが紡績工場を経営し、当地での調査をもとに『イギリスにおける労働者階級の状態』を執筆した土地でもある(彼と盟友のマルクスが
『共産党宣言』を構想したのもこのマンチェスターであった)。また、20 世紀に入ると、地元出身のエメリン・パンクハーストが先鋭的な女性参政権運動を展開した。
 現在のマンチェスターは、政治的には労働党が圧倒的に優勢な土地柄であり、住民のエスニック構成も多様である。また、LGBT フレンドリーな都市としても世界的に知られている。住民たちはこの都市の持つ歴史や多様性を誇りにしてきた。
 行政単位としてのマンチェスター市の人口は約54 万人 (2016 年、広域のグレーター・マンチェスターの人口は270万人を超える)である。また、2011 年の国勢調査によれば、マンチェスター市の人種・エスニック構成は、White約67%、Asian 約17%(約半分がパキスタン系)、Black 約9%、Mixed race約5%、Arab 約2%、その他約1%となっている。近年の国内外からの移住
者の増加もあって、その多様性を増しつつある。

ヘイト・クライム、テロ対策と監視社会化

 マンチェスターは多様性を誇りとするリベラルな土地柄ではあるものの、マイノリティに対する差別問題は存在しており、重要な地域課題となってきた。
 現在のマンチェスターにおいては、差別主義的な集団行動が起こることは稀であり、発生したとしてもかなり小規模である。筆者は2018 年4 月からマンチェスターに滞在しているが、そうしたものを実際に目にしたのは2〜3回である。多くの場合、差別主義的なデモ等の動きを事前に把握したカウンター・グループが、圧倒的な人数によってそれを封じ込めてしまう。マンチェスターではそうした反差別を掲げる市民の運動が目立っている。
 また、人びとが日々の生活の中で遭遇するヘイト・クライムについては、通報システムも存在する。マンチェスター市を中心とするグレーター・マンチェスターに関しては、ヘイト・クライムの被害の通報および被害者のサポートのための情報提供等を行うウェブサイトが設けられている。ここでいうヘイト・クライムは、人種やエスニシティのみならず、障害・性的指向・ジェンダー・宗教などを理由した犯罪全般を含むものとなっている。また、それは身体的暴力だけでなく、言葉による暴力や嫌がらせも対象としており、インターネット上での他者への攻撃も該当する。さらに、各地域で活動している民間団体・宗教団体・教育機関などの中には、反ヘイト・クライムの啓蒙活動や相談等を行っているものも少なくない。地元警察(Greater Manchester Police)も一般市民向けのヘイト・クライム対策の啓蒙活動や相談対応に加えて、ヘイト・クライムに関する情報のモニタリングも地域住民に対して実施している。
 警察を中心とする行政の反ヘイト・クライムの取り組みは、その一方でテロ対策ともつながっている。イギリスの警察組織には、通常の警察官に加えて、「ポリス・コミュニティ・サポート・オフィサー(Police Community SupportOfficer)」と呼ばれる、重大ではない軽犯罪に対応するスタッフが存在している(通常の警察官に比べると賃金は低い)。ポリス・コミュニティ・サポート・オフィサーは、警察官不足に悩む地方自治体ではその代わりとして雇用するというケースがあるという。
 マンチェスターの地元警察にも、多くのポリス・コミュニティ・サポート・オフィサーがおり、各地のコミュニティと連携しながら、地域の治安維持の任に当たっている。また、マンチェスターの地元警察は、2017年5月に発生した爆破テロ事件を受けて、「Black」や「Asian」のエスニック・マイノリティのコミュニティ出身者たちを警察官として積極的に雇用する方針を打ち出した。
それは、警察官の出自の多様化を促進するとともに、ムスリム・コミュニティ等に関する情報を、その内部の文化・宗教・言語に通じた者たちが収集することを目的としている。
 警察の立場からすれば、エスニック・マイノリティのコミュニティに対する監視・諜報活動はイスラームの急進派などによるテロへの対策であり、ヘイト・クライムの情報収集は右翼の過激派への対策である。公共空間における監視カメラの配置に代表されるイギリスの監視システムはよく知られているが、こうした警察主導のテロ対策やヘイト・クライムの通報システムが、地域の監視社会化を強化している点には注意が必要である。


地域住民の力

 これまで紹介してきたような警察や行政主導の取り組みが、地域社会における多文化共生の実現において重要であることは間違いない。だが、公権力による監視・管理は地域社会に平穏さをもたらす一方で、住民のあいだに息苦しさやコミュニティの分断も生み出し
うる。
 健全な地域社会においては、人びとの草の根の対話や活動が活発である。マンチェスターはそうした取り組みに熱心な地域であり、マイノリティへの偏見・差別やその排除を助長させないための努力がなされてきた。私がマンチェスターで暮らしてきた約1年のあい
だにも、さまざまなイベントの際に、地域における「together」「love」「unite」といったスローガンを幾度となく目にしてきた。マイノリティの排除が、地域社会のリスクやセキュリティを悪化させうるという認識を地域住民は共有している。
 本コラムの執筆時点(2019 年2 月下旬)では3月29 日に発効予定のイギリスのEU 離脱が、その後もたらす影響は今のところ未知数である。EU 圏内からの移住労働者に代わって、アジアからの移民が急増することを予測する報道もなされている。国家の政策に
翻弄されようとも、地域社会における多文化共生の主役はその住民たちである。マンチェスターの地には相応の力があると筆者は考えている。
(東洋大学 高橋典史)



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