外国人移住者

移住者をめぐる状況と政策

現在日本で暮らす在日外国人は200万人を超えており、人口の約1.6%を占めています。国籍(地域)別でみると、中国、韓国・朝鮮、フィリピン、ブラジル、ベトバム、米国、ペルーが多くなっています。

1 移住者・移住労働者の来日

1980年代より、それまで日本の外国籍者の大多数を占めていた在日コリアンをはじめとする旧植民地出身者(オールドカマー)とは異なる形で、多くの移住者・移住労働者が来日するようになりました。彼ら彼女らを旧植民地出身者と区別して、ニューカマーと呼ぶこともあります(注)。移住者・移住労働者には様々な人びとが含まれますが、ここでは、特に日本に長期にわたり暮らす人を移住者、働いている人を移住労働者と呼び、それぞれmigrant, migrant workerの訳としています。また移住連では、オールドカマー、ニューカマーを含めて、日本で暮らす外国人のことを「在日外国人」と呼んでいます。

80年代前半には、フィリピンやタイからの女性が多く来日し、その多くは飲食店で働いていました。なかには人身売買ともいえる状況で働くものも少なくありませんでした。その後80年代後半になると、東南アジア、南アジア、西アジアからの男性の移住労働者が急増しました。バブル経済のもと、彼らは建設業や工場などの人手不足の現場で就労していましたが、その多くは有効な在留資格のない非正規滞在者でした。それゆえ労働条件は低く解雇や未払い賃金、労災などの労働問題が多く生じていました。

こうした急増する移住者の来日を背景に、90年に出入国管理・難民認定法(入管法)が改定されました。しかしこのとき、当時問題となっていた移住者の多くが非正規滞在者であったにもかかわらず、正規化にむけた対応はなされませんでした。こうして彼ら・彼女らは、非正規滞在のままとされたのです。またこの法改定を受けて、日系3世とその家族の滞在・制限のない就労が可能となり、これ以降、ブラジルやペルーをはじめとする南米からの移住者が多く来日し、日本で暮らすようになりました。

(注)ただし、オールドカマーとニューカマーの人の流れは継続しており、両者を明確に区切ることが難しい場合もあります。一方で、植民地支配および戦後の出身国と日本の関係という歴史的背景を抜きにオールドカマーの現在を考えることも難しいでしょう。

2 定住化にともなう主な課題

移住者が多く来日するようになってから30年近くが経ちました。日本の会社で働き、すでにリーダー格になっている移住者もいます。あるいは自分の会社やお店をもったり、コミュニティや地域社会の活動に携わる移住者も少なくありません。また子どもたちも高校や大学に進学したり、あるいは、すでにこの地で次の世代を生み育てている場合もあります。

一方で、日本で長期にわたり暮らしていても、不安定な生活を余儀なくされている移住者も少なくありません。たとえば、今、以下のような課題があります。

(1)南米出身者の課題

就労制限のない在留が認められた南米出身者の多くは、自動車産業をはじめとする製造業の下請け企業あるいは派遣・請負業者の下で働き、日本の製造業を下支えしてきました。しかし2008年の経済危機以降、南米出身者の多くは「派遣切り」され、その影響から帰国した人も少なくありませんでした。また子どもたちのなかには、月謝が払えず外国人学校に通えず不就学になってしまう者もいました。つまり経済危機は、南米出身者が、日本での暮らしが20年に及んでいても、その生活基盤が脆弱であったことをあらわにしたのです。同時に、子どもの教育の課題は、彼ら彼女らの将来とも結びついており、不安定な状況が世代を超えて再生産されることが危惧されています。

 (2)外国につながる子どもたちをめぐる課題

外国で生まれその後来日したり、親や祖先が日本に移住してきた歴史をもっていたり、と、何らかのかたちで外国にルーツをもつ子どもたちのことを「外国につながる子どもたち」といいます。彼ら彼女らの国籍はさまざまですが、外国人学校だけではなく日本の公立学校に通うことも多いです。しかしそこで「外国人」だからとイジメにあったり、日本語の学習環境が十分確立されておらず勉強についていくことが難しいということもあります。そうしたこともあって、ブラジルやフィリピン籍の子どもたちの高校進学率は50-60%前後とされています。一方で、母語保障も十分でないなど、ルーツの文化を肯定されていないことで、アイデンティティの悩みを抱える子どもたちも珍しくありません。

(3)外国人研修生・技能実習生をめぐる課題

外国人研修・技能実習制度は、本来は「人材育成を通じた国際貢献」を目的としています。しかし実際には、繊維、機械、食品加工、農業、漁業など国内の中小零細企業において安価な労働力補給制度として使われています。研修生・技能実習生の労働条件は非常に低く、また強制貯金、強制帰国、送出し国での保証金などの人権侵害が頻発してきました。こうした問題を背景に、2010年7月に制度改定が行なわれ、中小零細企業での受入れの場合、一年目から技能実習生として労働法が適用されることになりましたが、根本的な制度改革にはなっていません。

(4)移住女性

80年代より人身売買が問題となってきました。2004年に米国国務省による「人身売買報告書」で日本の人身売買の実態が批判されたことを契機として、被害者保護の支援が整備されました。一方で、人身売買の被害が潜在化し、見えにくくなっているという指摘もあります。

90年代以降、国際結婚も増加してきましたが、国際結婚のうち、約8割が日本人男性と外国籍女性の組み合わせです。しかしジェンダーやエスニシティの差別のもと、DV被害も深刻です。厚生労働省によると、婦人相談所にDVを理由に保護された女性は、外国籍女性は日本人と比較して、人口比で6.5倍の割合となっています。また離婚後の母子世帯の貧困も課題となっています。

(5)非正規滞在者

90年代後半、在留資格がない非正規滞在者の定住化がすすむなかで、より安定した居住生活を営めるよう在留資格の正規化すなわち「在留特別許可」(以下、在特)を求める運動が盛んになりました。この成果もあって、在特の件数は96-08年までに累計88,590件にのぼっています。一方で、法務省や政府は、非正規滞在者にたいする厳格な取締りなど半減政策をすすめ、93年には約30万人だった超過滞在者数は、2013年末現在、6万人弱にまで減少しました。

3 外国人人権基本法と移民政策の確立を

95年の阪神淡路大震災のさいの移住者救援活動をきっかけに、多様な民族・エスニシティや文化的背景が認められ、マイノリティが暮らしやすい社会を目指す取組みは、「多民族・多文化共生」の取組みと呼ばれるようになりました。

その後「多文化共生」は、地方自治体や国の政策においても用いられるようになりました。2006年には総務省研究会報告「地域における多文化共生の推進に向けて」が公表され、それにもとづき総務省は「地域における多文化共生推進プラン」を策定しました。

また経済危機による南米出身者の失業を発端として、2009年、内閣府に「定住外国人施策推進室」が設置されました。その後、日系定住外国人施策推進会議を開催し、「日系定住外国人施策に関する行動計画」が2011年3月に公表されました。

しかし、すでに多くの在日外国人が暮らし、その生活にさまざまな課題があるにもかかわらず、日本政府は、「移民は受け入れない」という公式の見解を修正していません。そのため、日本には在日外国人の暮らしを支えるための包括的な移民政策が存在していません。移住連では、日本政府が、在日外国人の実態に即し、彼ら彼女らの人権を保障する外国人人権基本法と移民政策の確立を求めています。

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